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湊かなえ「告白」、ラストについての一つの解釈

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 このところ、いろんなミステリーを立て続けに読みました。
 工務部のⅠさんに借りた、
 「告白」(湊かなえ著、文春文庫)
 「重力ピエロ」(伊坂幸太郎著、新潮文庫)
 「さまよう刃」(東野圭吾著、角川文庫)
 それに自分で買った「ダブル・ジョーカー」(柳広司著、角川文庫)。
 連日ミステリーという感じ。

 全部書きたいところだけど、とりあえず今回書きたいのは「告白」について。
(この中で一番気に入った、というわけではまったくないんですが...)

 2007年の作。
 このミステリーがすごい!とか、本屋大賞とか、いろいろな賞を受けています。
 2010年には松たか子主演で映画化もされており有名な作品ですが、これまで読む機会がありませんでした。
  
 なんて救いようのない話だろうと思いながらも最後まで引っ張られるストーリーテリング力、最後の「決着」へ持っていく構成力はすごいなと思いました。
 でもそのすごさは「頭」の領分で感じることであって、私には心情的にグッとくる
ものではなかったので、本屋大賞受賞作であるというのは私には意外でした。
 この賞はなんというか、情感的に何か熱いもの、あったかいものを感じさせられる作品が受賞していることが多い、という印象があったので。(つまり、「告白」は私にはそうじゃなかった...)
 
 最初の章、「聖職者」は元々独立した短編で、著者の湊さんはこの作でデビューしたとのこと。
 話力の凄さにはうならされます。
 中学校の終業式。
 あるクラスで、教職を辞すことになった担任教諭・森口悠子が生徒たちに別れのあいさつをする。
 ごく平凡な教室の光景が、森口先生の語りをそのまま書く形で描写されます。
 理知的できりりとした風貌まで想像できそうな語り口で、時にブラックな笑いも交えながら、先生の話はしかし、やがてとんでもない方向へと進んでいくのです。
 近い過去に起こった、先生の娘を襲った悲しい事故。
 その経緯と真相が、先生の口から冷静に語られていく。

 「私の娘は事故で死んだのではありません。殺されたのです。犯人はこの教室にいます」

 最後の地点まで読者をまったく飽きさせずリードする語り口、ゆるみのない構成。
 「きりっとした好短編」というよく用いられる批評の言葉が、独立した一編としてのこの作にはまさにぴったり当てはまると思います。
 
 そして第2章以降、語り手を変えながら事件は進行していきます。
 最初の事件が巡り巡って第2、第3の事件を生む、その連鎖が当事者や関係者それぞれの独白の形で綴られる。
 そして最終章では、語りのバトンは再び最初の森口先生に戻ります。
 復讐のターゲットである「少年A」に直接語りかける形で。

 次々に違った角度から事件の様相は示され、固唾をのんで見守る読者の眼前で、悲劇はどうしようもなく一層の悲劇をはらんでふくれあがってゆく。
 
 それぞれの人物の立ち位置に立ち、それぞれの人物の目線をもって、乗り移るような勢いで書かれながらも。
 「感情移入」はまったくなされていない。
 そんな不思議なスタンスで書かれているように、私には思えました。 
 しかしそれは中心人物である理科教諭・森口悠子先生の人物像にはふさわしいようにも感じられ、全体のトーンの統一という点では成功しているのかもしれません。
 
 それにしても後味の悪い話だな、と思っていたところ。
 ラストについて、もう一つ別の解釈が思い浮かんできました。

 ここから先は、「告白」を実際にお読みになった方だけに向けて書きたいと思います。
 
 少年の母親に対面した時の模様を、森口先生はまったく一言も語っていないんですよね。
 最初に読んだ時は。
 実は森口先生は母親の態度如何によって復讐の実行を決めようと思っていたが、会って話した結果、母親からは歩み寄る余地も何もないくらい剣もほろろの扱いを受けた。
 もはや、その母親の命を復讐の犠牲とすることにためらいなど感じることなく、当初の計画通り冷徹にそれを実行した...。
 ...んだろうなと思ってたんですが。

 あるいは違ったのかも?
 と思いつきました。
 (まったく書かれていないからこそ、想像はいくらでも働かせられる)

 少年の母親、八坂准教授は優秀な学者ではあるが、2度目の家庭は必ずしも彼女にとって幸せな場ではなかった。
 夫である教授の方は、少年が出会った時の印象の通りに彼女を愛し、家庭に完全に満足している。
 しかし彼女の方は何らかの事情である深刻な葛藤を抱いており、見捨ててきた息子への罪悪感を心によみがえらせるようになっている。
 森口先生が訪ねた時、彼女はさまざまな要因から不安定な状態に陥っており(そこんところの具体的な背景はちょっと思いつかないんですが)、息子の大罪を知ると自分の命をもってそれを贖おうと決心する。
 その場で、森口先生に自分の事情を告白(中身は残念ながら思いつかないんですが)。
 その告白、彼女の背負った物語はある意味森口先生をも得心させるものであり、望み通り彼女の息子の作った爆弾で彼女の生を終わらせてやる、それこそが自分の復讐の真の成就であると決断を下す。
 その際、森口先生は何らかの理由をつけて八坂准教授以外の人を建物の外へ出すべく奔走する。
 この復讐は公正(?)に行おう、理不尽な犠牲は出すまいという自制心がまだ彼女の中にはあった。
 「目には目を、歯には歯を」は「やられたらやり返せ」というよりむしろ、「やられた以上のことはしてはいけない」という、過剰報復を戒める言葉であるのだから。

 ...という、「真の最終章」「もう一つの告白」があったとしたら。
 それなら最初に感じたほど後味悪くはないな、と思ったんですが。
 
 この物語って、森口先生の亡き娘への愛のほかには「愛」といっていい心も関係性もほとんど書かれていないようで、荒涼とした印象があります。
 でも実は、最後まで登場しなかった人物の中に本物の「愛」が隠されていたとしたら。
 最後の事件が、そもそもの真の元凶であったその人物の犯人への壮絶な愛のかたちであったとしたら...。

 そのような真相が存在していてこそ、森口先生の最後の一言、
 
「これが本当の復讐であり、あなたの更生の第一歩だとは思いませんか?」
 
 は意味をもって生きるのでは?

 人は、愛情なくして更生することはできないのだから...。

 ...とはいってもあくまでも思いつきで、もう一度つぶさに細部まで読んだら矛盾が出てきて成立しないかも...。。
 もっぺん読み直す気力は、今はちょっとないんですが。
 
 なんだかんだ言いながらも、これだけ考えさせられてしまった。
 やっぱりすごい要素を含んだ作品なのかもしれません。

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プロフィール

サト 日高新報記者。文化関係等の取材、編集整理、連載随筆や投稿原稿の編集を担当。空いた時間が少しでもあれば、本か漫画を読まずにはいられない。料理や洗濯をしながらも、可能な限り本を手離せない真性活字中毒。常に面白い本の情報を求めています。音楽や映画、歌舞伎など舞台芸術も大好きです。ひのえうま生まれの女。

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