覆面作家、鯨統一郎のバーにおける謎解きシリーズ、「桜川東子(はるこ)シリーズ」の一冊をご紹介します。テーマは歌舞伎。

 内容 日本酒バー「森へ抜ける道」に夜ごと集う、私立探偵の工藤、ライターの山内。マスターの島と3人合わせて「ヤクドシトリオ」は往年の銀幕スター等をネタに馬鹿話に興じている。そこへ現れる女子大生、正確に言うと女子大学院生の桜川東子。「わたくし」という一人称を使っておっとりと話す彼女は滅法酒に強く、未解決事件の話が大好き。歌舞伎好きのアルバイト、阪東いるかも加わって、話は次々にふくらんでいく。

 いつしか「曽根崎心中」「白波五人男」「勧進帳」「忠臣蔵」そして「京鹿子娘道成寺」の解釈が、通説を離れて自由に展開していく。

デビュー作「邪馬台国はどこですか?」以来の著者お得意のパターンである、バーで安楽椅子探偵たちがいろんなネタで推理を楽しむ連作集。3年ほど前の本欄で「金閣寺は燃えているか」を紹介しました。著名な文学作品の裏ストーリーを独自の分析で浮かび上がらせていくという趣向ですが、本書はその歌舞伎版。歌舞伎に詳しくなくてもタイトルは誰でも聞いたことがありそうな有名作品にしぼったところがいい。「娘道成寺」については「清姫は誰に嫉妬したのか」、「勧進帳」については「義経主従一行と関所の役人富樫の本当の関係は」など、通説からちょっとひねった視点を指し示す。デビュー作ほどの目覚ましい視点の転換はありませんが、肩の凝らない一冊として楽しめます。シリーズ全体をみると、つくづく著者の博識ぶりには脱帽せざるを得ません。(里)