3月24日は「檸檬(れもん)忌」である。なじみのない人が多いかもしれないが、昭和初期に若くして亡くなった作家、梶井基次郎の命日だ。代表作はデビュー作「檸檬」と、最初の一文だけがあまりにも有名な「桜の樹の下には」。どちらも極めて短く、若い作家の鋭い美意識が結晶したように美しい◆「檸檬」は病気や借金に悩む若者が主人公。ふと買った1個のレモンの鮮やかな黄色、すべすべと冷たく快い感触に触れて力を得る。普段気づまりだった高級店丸善にも思い切って入るが、やはり気後れする。隅の書棚の前で懐からレモンを出し、画集等を積み重ねた上に置く。色彩の美しい取り合わせを眺め、そのままにして店を出る。「そのレモンが実は爆弾で、数十分後には丸善も木端みじん」という想像を楽しみながら。この話は2005年、京都の丸善閉店のニュースの際に有名になった。平積みの本の上にレモンを置いて立ち去る人が続出していた◆コロナ禍の脅威が一頃より小さくなり、春の訪れとともに作品展や演奏会等が復活している。地元高校の音楽部発表会、地元企業主催の音楽会、パッチワーク等の作品展。どの取材も、それぞれに心を楽しませてくれた。表現とは外に向かって自分を開放する行動、ある意味「爆発」である。「芸術は爆発だ」と岡本太郎氏が言ったように、一人一人の心の内にある深い思いや感性が最適な形を得た時、外界に向かって弾ける◆レモンを爆弾に模した梶井のイメージの結晶は、時代を超えて人々の心に届いている。それは戦地等で使われる現実の爆弾などとは異質の、ある意味その何万倍もの力がある。人の心で生きる普遍の力が。(里)