「インシテミル」(2007年)、「満願」(14年)、「王とサーカス」などで知られる売れっ子の著者。国内主要ミステリー・ランキング4冠に輝いた前作「黒牢城」から2年ぶりの最新作は、群馬県を舞台にした初の警察小説の連作短編です。

 ▽遭難現場となったスキー場に捜査員が駆けつけると、そこには首の動脈を刺され失血死した男性の遺体があった。犯人は一緒に遭難した男とほぼ特定できるが、凶器が見つからない。その場所は崖の下で、しかも2人の回りの雪は踏み荒らされておらず、凶器を処分することは不可能だった。犯人は何を使って被害者を殺害したのか。(崖の下)

 ▽榛名山麓の〈きすげ回廊〉で右上腕が発見されたことを発端として、明らかになったバラバラ遺体遺棄事件。単に遺体を隠すためなら、遊歩道から見える位置に右上腕を捨てるはずはない。犯人はなぜ、死体を切り刻んだのか。(命の恩)

 ▽太田市の住宅街で連続放火事件が発生した。葛班が捜査に当てられるが、容疑者を絞り込めないうちに、犯行がぴたりと止まってしまう。犯行の動機は何か? なぜ放火は止まったのか。(可燃物)

 余計なことはしゃべらず、上司からは疎まれ、部下からも決してよい上司とは思われていないが、捜査能力は卓越している。その男は、群馬県警本部刑事部捜査第1課の警部葛(かつら)。ひとたび事件が起きれば、常に仏頂面で必要なこと以外はほとんどしゃべらず、食事は菓子パンとカフェオレ、風呂に入らず睡眠もとらない。部下に対しては「行け」「調べろ」「見失うな」と指示を与えるだけで、頭の中にある疑問や方針、予想はいっさい口にしませんが、容疑者の言動の小さなほころび、現場の違和感から見えざる証拠を掘り起こし、まさかの動機を突き止め、事件を解決に導きます。

 もちろん、短編なので横山秀夫のようなキャリアVSノンキャリの対立といった重厚な人間ドラマはありません。主人公も無口なだけに面白くなく、映画やドラマになるようなキャラクターではありません。その分、現実感があって共感できる部分もあり、一つひとつの物語(事件)を読んでいくうち、少しずつこの葛という男の特異な視点、思考がなんとなく理解できるようになります。

 いま、阪神タイガースの岡田監督がマスコミにもてはやされています。チームをぶっちぎりのペナント優勝、日本一に導いた手腕は誰も文句のつけようがありません。マスコミにはムダなおしゃべりが過ぎるところもありますが、意外にも、部下である選手たちとはほとんど会話をしないといいます。

 事件の捜査を指揮する警察官もプロ野球の監督も、結果が出れば名将、負けが込めば愚将となり、この葛警部と岡田監督は一見、正反対なキャラなようで似ているのでしょう。ともに次回作の面白さ、来季の活躍に期待します。(静)