慰霊碑の前で戦死したB29搭乗兵の冥福を祈り焼香

 第2次世界大戦末期、田辺市龍神村殿原地内に墜落した米軍爆撃機B29の搭乗兵の冥福を祈る慰霊祭が今年も5月5日、同地区の明神神社近くの慰霊碑前で行われた。戦時中に第1回の慰霊祭が行われ、今回で80回目。県内外から約100人が参列し、仏式とキリスト教式で亡くなった米兵を供養。平和への祈りを捧げた。

 B29は1945年5月5日、日本の戦闘機(紫電改)との空中戦で被弾、炎上し、殿原地区の西ノ谷に墜落。搭乗兵11人のうち7人が死亡、生き残った4人のうち3人が処刑、1人は不明とされている。地元の人たちは戦時中にもかかわらず、米兵を埋葬して供養する卒塔婆と十字架を建て、その年の6月9日に慰霊祭を執り行った。2年後の47年12月には墜落した山中に、「連合軍戦没アメリカ将士の碑」と刻まれた慰霊碑を建立。その後、慰霊碑は水害や道路の拡幅などで6回にわたって移転され、現在は宮ノ尾の殿原惣大明神の隣接地に建てられている。

 慰霊祭で五味大安区長(58)は「今年で80回目。先人や多くの関係者の協力で続けられた。殿原区から世界の平和を考える日として発信できたことをうれしく思う。慰霊祭は未来永劫続けていきたい」とあいさつ。田辺市の真砂充敏市長も「戦争の歴史を風化させない取り組みで、殿原区の深い思いと地域力を感じる」と平和の願いを語った。

 大応寺(同村東地区)の松本周和住職(75)が経を読み、参列者が焼香。カトリック教会のカレン神父(83)も祈りと讃美歌を捧げた。

 当時小学校2年生だった地元郷土史研究家の古久保健さん(86)は「戦時中に第1回の慰霊祭が行われ、平和を願い続けてきたことに大きな意義がある。先人たちから受け継がれてきた住民の力で、慰霊祭が殿原区に定着した。今後も継続していかなければならない」と語った。