「最後の新曲」として「ナウ・アンド・ゼン」が発売され話題となっている、世界で一番有名なバンド・ビートルズ。1966年の彼らの来日公演に始まり、ジョン・レノン射殺2年後の1982年に終わる短編連作小説です。

 物語 1966年。放送作家湯浅篤はもらったチケットでビートルズ武道館公演を鑑賞。若い女性らの叫び声で歌などほとんど聴こえないが、激しく動くジョンとポールの姿、リンゴ・スターのふわりと揺れる赤毛が印象に残る。しかしその晩テレビ放映された公演からは、あの異様な熱気がまったく感じられなかった。舞台の4人は行儀のいい若者に見える。「愛される皆さまのビートルズ」などを大衆に押し付けるのは途方もない傲慢ではないか…。(「ビートルズの優しい夜」)

 1978年。放送作家の須永と元ディレクター奈良は、雑誌の表紙を飾る超有名コメディアンについて回想する。初対面の人と口がきけないぐらい気弱で神経質、なのに舞台では重力と無縁のようにかるがると跳躍を見せ、奇妙な世界を創り出していた不思議な青年。彼は一度表舞台から消えたが、独自の方法でテレビ業界をぐんぐん昇りつめていった…。(「踊る男」)

 「踊る男」のモデルは萩本欽一。先ごろ終了した全国紙の連載インタビューと合わせて読み直すと大変面白かったです。本書はビートルズより、高度経済成長に差し掛かっていく60~70年代の世相への、違和感を書きたかったようです。

 高校時代に読み、文章の素晴らしさに魅かれました。4編ともきりっとした切れ味の鋭い短編なのですが、最小限の言葉で状況、情景、心情を的確に描写する文体に惚れこみ、本がボロボロになるまで読み返したものです。

 華やかな世界の裏に照準を当てた純文学的ストーリーも面白い。テレビ業界を巡る価値観が劇的に変化している今、読んでみるのも意義のある読書体験かと思います。(里)