第169回芥川賞を受賞した作品をご紹介します。文藝春秋9月号に全文が掲載されています。

 物語 難病「先天性ミオパチー」の女性、井沢釈華(しゃか)。背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲し、靴をはいて歩くことをしなくなってから30年になる。

 裕福だった両親が終の棲家として遺してくれた介護付きのグループホームと財産で生活に不自由はない。ネット上のライターとして、取材なしで執筆するいわゆる「コタツ記事」でかせぎ、収入は全額寄付。18禁の小説を書いてはサイトに投稿し、ネット上で「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」などとつぶやく。

 ところがある日、グループホームの男性ヘルパー田中が、ネット上での釈華のつぶやきについて尋ねてくる。裏の顔を知られていることに動揺する釈華だったが、田中とのやりとりの中で、事態は釈華のある願望を満たす思わぬ方へと展開していく…。

 受賞時のインタビューで、本書について「怒りで書いた」と述べた著者。「重度障害者の受賞者も作品も初だと書かれるんでしょうが、どうしてそれが2023年にもなって初めてなのか」との言葉が強く印象に残りました。

 「怒り」によるものゆえか、スピーディーで気迫に満ちた文体、強烈な内容に圧倒されました。一方、端々に織り込まれる皮肉の効いた小気味よい表現には本気の笑いを誘われます。

 紙の本を読む、そのこと自体が困難である場合を十分カバーできるよう、書籍の電子化の普及を出版界に訴えてきた著者。読了後、全国紙の特集によって出版物の電子化が全体の一部に過ぎないことを知り、その要求も本書の根幹を成す「怒り」も極めて正当なものであると私には思えました。怒りから一編の文学を生み、国内で最も有名な文学賞を獲得。それによって主張への注目度を上げることに成功している著者は、単純に「カッコいい」と思います。(里)