御坊市野口で長年花ショウブの栽培に取り組んでいる、とびやま花しょうぶ園の片岡やゑ子さん(74)がこのほど、希少品種の「宇宙」を咲かせることに成功した。江戸時代後期の1840年頃、菖翁(しょうおう)と呼ばれた旗本の松平定朝が作出し、命名したという◆花ショウブ栽培は「菖翁以前、菖翁以後」に分かれるといわれるほど、この人物の存在は大きい。幕末の1856年に84歳で他界するまで、実に300種類の花ショウブを作出。中でも最も愛したのが「宇宙」といわれる。江戸時代にこの言葉を花の名につけた、その闊達な感覚が素晴らしい◆片岡さんが本を通じて「宇宙」を知ったのは1999年。一目惚れし、「将来自分のものにする」と決心した。その後、日本花菖蒲協会会員である岡山県の片岡文男さんに指導を受けるようになり、7年前に「宇宙」の購入を依頼。おととしようやく購入できたが、栽培はやはり極めて難しく、半年で枯死した。昨年、懇願して2度目の苗を購入。「もう失敗はできない」と覚悟を決め、花芽ができてもすぐに咲かせたりせず慎重に世話。一目惚れから24年でようやく出会えた。片岡さん宅で花を見せていただいた。やや小ぶりで品がいい花。澄んだ青紫色に白い条が入り、宇宙を思わせる花容である。花を愛する2人の人物の心が、花の遺伝子を通じ、150年以上の時を超え出会ったように思えた◆一つのものを追い求める情熱は、時として難題をクリアするパワーを発揮。「こんなこと言うと笑われるけど、私は花ショウブに命かけてるんよ」と片岡さんは言われた。その揺るぎない瞳の輝きは、花に匹敵する美しいエネルギーを放っているようだった。(里)

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