国民の悲しみとやり場のない怒りが消えぬなか、安倍元首相を銃撃した山上徹也容疑者(42)が殺人と銃刀法違反の罪で起訴された。検察は容疑者に刑事責任能力があると判断。真相解明の舞台は法廷へと移る。

 被告は警察、検察の調べに、「教団を潰したかった」「教団トップを狙ったがダメだった」「教団とつながりのある安倍を狙おうと思った」などと供述。理路整然と、ブレることなく一貫していたという。

 幼いころに父親が自殺、その後に兄が病気で右目を失明し、母親が宗教活動を始めたころから生活は一変。母親は相続した不動産、夫の生命保険もつぎ込み、1億円以上も教団に献金した。

 やがて母親は破産宣告を受け、有数の進学校に通っていた被告は大学進学を断念。海上自衛隊に入隊するが、「兄と妹に保険金を渡すため」に自殺を図る。その10年後には兄が自殺。派遣の仕事を転々としながら孤立を深めた。

 鑑定留置の間、大阪拘置所には被告あてに全国から差し入れが届き、100万円以上の現金もあったという。また、不遇な生い立ちに同情を寄せる人が減刑を求める署名を集め、SNSでは被告に感謝、英雄視するコメントもみられる。

 被告の生い立ちにはだれもが哀れみを感じるだろうが、無論、事情がどうであれ、人を殺めていいという話ではない。世の中、不安も悩みもない人などいないし、理不尽な苦しみの中で歯を食いしばって生きている。

 裁判が始まれば再び事件がクローズアップされる。無差別殺傷事件が起きるたびに繰り返される「社会や時代が被告を追い込んだ」という感傷こそが世の中を曲げ、苦境に耐える人をテロリストと同列に置く不遜な思い上がりではないか。(静)