ミャンマー、旧国名はビルマ。「軍事政権による改名は認めない」として、今もビルマの名を使う人は多いという。「ビルマの竪琴」は筆者にとって、生涯読んできた中で上位5本の指に入るほど好きな物語だ。この中で、ビルマは「仏さまの国」と表現される。「貧しいけれどもほほえみの国」である、と。しかし現実のこの国は近代以降、平和とはほど遠い道を歩んできた◆2月1日のクーデターで政権を奪取したミャンマー国軍は一般市民のデモへの弾圧を強め、「国軍記念日」とされる3月27日、それまでで最悪の114人という犠牲者を出した。その中には幼い子ども達が含まれる。遊んでいた子を追いかけて撃つという、暴挙というも愚かな行為が報道された◆3月初旬、ある情報番組でミャンマー情勢の報道を見た。国軍が銃の使用を始めた時期である。出演のジャーナリストは、我々に何ができるか具体的には分からなくとも「関心を持ち続け発信すること」の重要性を強く訴えていた◆また、香港民主化デモのその後についても関心を持って見ていたが、3月30日、香港の選挙制度変更の法案が中国の全人代で可決された。民主派を排除する法である。世界を生きにくくするのは新型コロナウイルスだけではないのだ◆海の向こうで今起こっていることは、直接的に我々の生活を左右するわけではない。だが、世界中のすべての人間は「いま」という時代を構成する要素の一つであり、ごくわずかずつでも何らかの影響を与え合う可能性を内包する。関心を持つこと。発信できる機会に発信すること。そんなささやかな行動が、空気を変えるきっかけになり得る。そして事態を改変するに最も有効な手は、実は「空気を変える」ことなのかもしれない。(里)