1980年代、たとえば友達が兄の部屋からこっそり持ち出してきたヴァン・ヘイレンのLPを、いかに素早く指紋を残さず録音して返却するか。間抜けな空き巣以上に神経を使ったが、当時の中学生にはこのスキルが重要だった。

 音楽はアプリでダウンロード、超高音質のハイレゾ音源を瞬時に、スマホに何千曲も入れて持ち歩けるいま。昭和のカセットテープ世代のおっさんには理解しがたいニュースを目にした。

 高校時代、渡辺美里の「Lovin you」を最後に絶滅したと思われたアナログ盤が、ここにきてブームになっているという。音が柔らかく、ジャケットがインテリアになるというのが理由で、雑音もむしろ心地よいのだとか。

 歌も世相も時代とともに変わるとはいえ、まさかあのウイルスのように目に見えぬ人類の敵だったはずのノイズが、逆に好感を持って受け入れられる時代になろうとは。隔世の感を禁じ得ない。

 32㌢四方のLP盤ジャケットがおしゃれなインテリアとなるという感覚は分かる。いまでは死語の「新譜」を手に入れ、レコードに針を落とし、日本語訳と音楽ライターの小難しいライナーノーツを読むときの妙な高揚も懐かしい。

 坂本龍一氏は、違法コピー対策が当たり前の配信時代にあえて、自身の楽曲はフルに無料で公開するという。人には本当に聴きたい音楽を可触のモノで所有したいという欲望があり、いい音楽はCDやLPでも売れると、10年以上前から主張していた。

 定額で好きな音楽を好きなだけ手に入れられるサブスク時代に、LPが再び天下をとることはないだろうが、米国では坂本氏の言葉を裏付けるように、旧譜を中心とするアナログ盤の年間売上がCDを抜いたという。(静)