「さまざまのこと思ひ出す桜かな」と詠んだ松尾芭蕉に共感する季節である。当地方でも桜が盛りを迎え、風景が華やいでいる
今まで何度も書いてきたのに、この季節になるとやはり桜について書きたくなる。何か書きたい気持ちにさせる花である。満開の桜には、ただ華やかなだけではないきめ細やかな美しさがある。その繊細さ、奥ゆかしさはある品格を感じさせる。わずか数日でその美の披露を終えるところも、潔さを志向する日本人の心にかなった花といえる
中高生の頃はアメリカが好きだった。音楽も映画も小説も、何もかも明るくて粋でカッコいいと思っていた。それがだんだんと年を重ねるに連れて、日本よりも素晴らしい国はないと思うようになっていった。どこの国の人も同じく、故国についてそう思っていることは承知のうえでのことだが
近年、日本人の素晴らしさを再認識しようという趣旨のテレビ番組が特に増えているような気がする。奥深い日本文化や世界各地で活躍する日本人のことは常々誇らしく思っているので、そのような番組をみると素直に気持ちがいい。が、同傾向の番組があまりに多くなると、何も殊更にそのような番組の助けを借りなくても、と思えてくる。古来の芸術や詩歌から現代の多様なジャンルの文化に至るまで、深く知れば自然と故国への誇りと確かな自信が生まれてくる
俳句はわずか十七文字で心をうたう、世界で最も短い詩である。桜を詠んだ芭蕉の句でもう一つ、最近知って感銘を受けたものがある。旧友と20年ぶりに桜の下で再会し、感激の目で花を見た時の心を詠んだという。ここで詠まれた桜には、繊細さよりも力強い生命感がたたえられている。「命二つの中に生きたる桜かな」。(里)