読もうと思って出したまま放ってあった古い本をようやく手に取ると、尺八のことが書かれていた。ちょうど尺八と琴の共演を取材したばかりだったので、偶然に驚いた◆その本は、水上勉の「金閣炎上」。主人公の孤独な学僧が思いを表現する唯一の手段として、父の形見の尺八を見事に奏する。真夜中、金閣寺の舎利殿に独り忍び込み、縁に座して月の光を浴びながら「荒城の月」や「埴生の宿」を心ゆくまで吹奏する場面が印象的だった。由良興国寺の開祖・覚心禅師(法燈国師)の弟子虚竹が国内の尺八の元祖といわれることも、作中で説明されていた◆取材したのは、箏曲研究会の菊明会が27日午後1時半から御坊市民文化会館で開く定演に向けての練習風景。客演の世界的尺八奏者田嶋直士さんを迎えての練習で、「春の海・21」を聴かせていただいた。「春の海」は正月にテレビなどで必ず流れる琴の有名な曲だが、軽快に編曲されている。田嶋さんは「人の音をよく聴いて、音楽にのって演奏すれば一つになれる」といわれた。水上勉の作では厳粛な音色を想像したが、菊明会と田嶋さんの演奏からは、明るく生命感に満ちた音楽が生まれていた。海の上を吹き渡る風とさざ波のハーモニーのようで、伝統楽器もさまざまな表情の音楽を聴かせてくれる、今の時代に生きる楽器なのだと感銘をうけた◆小3からの英語教育で国際感覚を身につけるのもいいが、自分たちの国が古くから伝える深く繊細な文化を知り、体験することが、これからの時代には一層重要なのではないか。琴と尺八の生演奏を間近に楽しむ機会はそう多くはない。同会の定期演奏会は2年に1回。一度、足を運んでみては。(里)