大阪松竹座の初春大歌舞伎を鑑賞した。二代目市川猿翁 (三代目猿之助)、 四代目猿之助 (二代目亀治郎)、 九代目中車 (香川照之) の襲名披露だ◆家族が病気になってからほとんど劇場に行っていないが、「これだけは見なければ」 と固く決意していた。 13年前の御坊公演で歌舞伎の魅力を教えてくれたのが三代目猿之助。 脳こうそくで長い休養に入った2003年まで、 9作品を鑑賞した。 代表作 「義経千本桜」 の狐忠信では、 あの大きな体で重力とは無縁のようにかるがると跳びはね、 欄干の上をすーっと進む。 ファンタジーを体現しているようだった。 無邪気そのものの子供のような表情も忘れがたい◆ 「猿之助」の名を継いだのは甥の亀治郎。今回狐忠信を演じ、「吉野山」の最後で床を蹴って高々と跳びあがった。侍装束が解け、一瞬にして白い狐がそこに出現。重力からの解放を表現し、観客を夢の世界に遊ばせる。 それは三代目に通じる芸の境地だった◆そして長年の父との確執を超え、 46歳で歌舞伎界入りした実子の香川照之。 番付にあった 「父から受け継いだものは 『熱さ』」 の一文に胸を衝かれた。 猿之助歌舞伎の核となる芸の心が、この人にはすでにあると思った。 隣席の人は 「声の出し方が歌舞伎と違う」 と辛口評だったが、 さすがの存在感と気迫に可能性を感じた◆筆者が見に行った日、 残念ながら猿翁は体調不良で休演。 父子共演のはずだった演目では猿之助が代役を務め、 最後に従兄弟同士で握手を交わした。 「猿之助」 の精神はこの2人が確かに受け継いだのだと思った。 表現者として、 また伝統を背負う者としての2人の戦いを、 ずっと見守っていきたいと思っている。  (里)