昨年芥川賞を受賞した高瀬隼子氏の話題作。短編3作が収録されています。たまたまYouTubeを見ていたとき、この本について高瀬氏がインタビューされている動画がおすすめに流れてきて、「歩きスマホをしている人に敢えてぶつかってやろうと思ったことがあり、ここから物語を書いた」と話していたので気になっていました。

 気にしなければいいことなのに、なんとなく視界に入ってくるからむかつく、なんて思ったことは誰にでもあるはず。物語では、人間の心の底にあるトゲの部分を次々とさらしていく感じが、すっきりした気分にさせてくれました。自分の中に秘めた黒い部分が引き出されるような、そんな感覚です。

 物語は主人公の女性佐元直子の視点で進みます。彼女はよく気が付き、人の悪口を言わない「いい子」として生きてきました。しかし心の中ではそれがみんなにいいように消費されていると感じ「割りに合わない」と思っています。ある日、ながらスマホで自転車を運転している男子中学生に「ぶつかったる」とわざとぶつかって、気をつけなさいと注意します。彼女は職場の中でも恋人や友達の前でもいい子を演じていますが、心の中では俯瞰かつ時に冷徹に物事を見て判断しています。表ではいい人を演じていても裏では舌打ちをしている。ながらスマホの中学生にぶつかったのも、スマホに夢中な中学生に避けてあげるなんてことはしたくなかったからと、「誰かに何かをしてあげる」ことに疑問を感じているのです。

 生きていると、何でこんなことまでせなあかんねん、割に合わへんわと思ってしまうことが多々あります。ですが、ここはぐっとこらえて本音の部分を隠す。それが大人なのだと思う私は、主人公はちょっと幼稚?なのかなと思ってしまいました。もやもやした時に読むと、あー分かるとなるのかもしれません。現実を嘆きたいときに読むのが最適なのかなと思います。(鞘)