9月某日、全国紙の全面広告を見て思わず「え~っ」と叫んでいました。ファンがみんなろくろっ首になって待ち焦がれていた、「百鬼夜行シリーズ」新作「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」出版の知らせ。前作での予告から数えて実に17年。本当に出る日が来るのか危ぶんでいたところでした。「レンガ本」「サイコロ本」と呼ばれる分厚さは相変わらずで、購入して休憩室で読んでいると「辞書読んでるの?」ときかれました。

 物語 時は高度経済成長前夜、昭和29年(1954)。劇作家の久住はパトロンから新作能執筆の依頼を受け、日光の榎木津ホテルで缶詰になるが、部屋付きのメイドから「父を殺した」という非常に重たい告白をきかされ、気になって筆が進まない。同宿の作家・関口巽に相談したことから、2人して厄介な事件に巻き込まれる。

 一方。薬局に勤める御厨富美は「薔薇十字探偵社」を訪れ、自分の父親の事故死の真相を日光へ調べに行って失踪した雇い主・寒川(さむかわ)の捜索を依頼。探偵は不在だったが、お調子者の助手・益田が引き受け、共に日光へ赴く。

 一方。探偵の幼なじみ、猪突猛進型の刑事・木場はかつての先輩である元刑事から、日光で昔起こった未解決事件のことを聞く。「公園に3人の遺体がある」と通報を受け、現場検証も済ませたのに3体とも消え失せ、事件は立ち消え。木場は暗に調査を勧められ、嫌々日光へ。

 一方。日光の寺院、輪王寺の学僧・築山は東京の古書店京極堂主人・中禅寺秋彦に寺で発掘された書物の調査を依頼。中禅寺は嬉々として古い「西遊記」等を調査する…。

 一見無関係な幾つものストーリーの糸が日光で集結。読み進むに連れて絶妙に絡み合い、壮大な一つの絵を織り上げていきます。登場人物達の真相への考察は二転三転、すべてのベールが落とされたあとに初めて浮かび上がる、種々の事件をつなぐ真の様相とは。

 本シリーズの最大の魅力は、何といってもキャラクター。おどろおどろしい謎を明晰に解き明かし、冷厳たる真実を指し示す「言葉遣い師」京極堂こと中禅寺秋彦。あらゆる常識から解き放たれ、人の記憶を視る目を持つ美貌の「薔薇十字探偵」榎木津礼二郎。この2人のただならぬ関係に魅かれてずっと読み続けているのですが、本書はそれに加え、現代の世相の最大の問題点でもある、「両極」に流れ、はみ出すものを許さない狭量さへの鋭い指摘が、私には最も興味深かった。時代を狂わせる化け物の正体はその中にこそあるのでは、と思えます。 

 全身黒ずくめの和装で鼻緒だけが赤い、例の装束で憑きもの落としを始める京極堂には「待ってました!」と大向こうから声をかけたい気分になりました。榎木津さんは前作で中心的存在だったからか、今回は控え目な登場。次作に期待です。今度はそう待たせないで欲しい。(里)