田中さんから絵を教わる楠山さん(手前)

 美浜町和田の楠山記男(のりお)さん(48)は、脳の損傷により障害が生じる高次脳機能障害を抱えながらも、絵を描くことを通して、少しずつ社会とのつながりを持つようになった。生死をさまよう交通事故を経験し、長いリハビリ生活の中で見つけたライフワーク。「同じ障害を持つ人の希望になれば」と、日々、楽しんで絵を描き続けている。

 高次脳機能障害とは、事故や病気で脳に損傷を負うことでさまざまな障害が起こる状態のことをいう。記憶や言語の理解、空間認知機能などに影響を及ぼし、日常生活に支障をきたす。楠山さんは21歳のとき、仕事帰りに車を運転中、交通事故に遭った。頭を強く打ったことで左右の脳に脳挫傷を負い、意識不明の状態が3カ月も続いた。その後遺症で右半身まひ、左目の失明、全失語症などの障害が残る。

 事故から28年間、県内各地の病院で懸命にリハビリを続け、現在は社会医療法人黎明会北出病院リハビリテーション科に週1回通院。本人の絶え間ない努力と身体の回復力で、寝たきりの状態から左手が動くまでになった。片手でもできる趣味をつくろうと、理学療法士の勧めもあり、昨年8月から絵を描き始めた。楠山さんの近所に住み、フランス国際公募展で3回入選している田中美惠さん(72)が毎週火曜に指導し、約1時間半で1枚の作品を書き上げる。田中さんは楠山さんの絵について「描く線が上手。右目しか見えないからこそなのか、独特の雰囲気が絵に表れている」と評価。その腕は着実に上達し、始めて3カ月で町の文化展に作品を出展した。

 楠山さんの主治医で北出病院脳神経外科の龍神幸明医師は「彼の場合は重症で、注意障害があり、空間を認識する能力がほぼ失われて表現することも難しい状態。それが絵を描けるようにまでなるのは驚異的なこと」と話し、絵を描き続けることで障害の改善にもつながればと期待する。

 母親の静代さん(72)は「事故で生死をさまよっていたのが、いろんな方との巡り合わせのおかげでここまで回復することができました。支えていただいた周りの皆さんに感謝です」。

 重い障害と向き合い、絵を描く楠山さんの姿は生き生きと輝いている。