70年以上英国女王の座にあったエリザベス二世女王陛下が御年96歳で崩御。先日はウェストミンスター寺院で国葬が営まれ、日本でも中継したNHKの番組は関西では20%近い視聴率を記録しました。

 注目されているイギリスに関する本を紹介したいと思いましたが、一番読み返しやすく面白かったのがこの本。表題の「おいしい」は逆説的なようでもあり、真実でもあります。

 内容 専門である日本文学の研究のため、イギリスの歴史あるオックスフォード大学とケンブリッジ大学に籍を置くことになった著者。渡英前には知人から一様に「いいなあ、でもイギリスは食事がまずいからなあ」との言葉を受ける。

 行ってみると確かにその通りで、ポアロ葱ともいうリーキの調理では「子供の手首程の太さの立派なリーキを長いまま湯に入れ(なんてことだ!)そのまま三十分以上茹でる。すると、二十センチ程の長さの、変にフニャッとしたズルズルの、しかし不愉快に筋ばったものが出来る。ほとんど塩気のない、しかも少々粉っぽい舌触りのホワイトソースをかけ、少しばかりチーズをかけてオーヴンで焼く。それを三本程、太く長いまま、ドテッと皿に盛って供する」。

 これに類する体験は枚挙にいとまがないが、しかし風が自然に吹き落とすリンゴなど、イギリス産の食材には文句なしに素晴らしいものがあることがだんだん分かってくる。また、愛すべきイギリス人達と生活を共にするうち、「食事になど重きを置かず、もっと精神的なものを大事にすべき」という独特の美意識、その奥からふつふつとにじみ出てくる、「食事の様式や調理法などではなく一緒にいる人達と語り合い、笑い合う時間を大切に」という国柄が、著者の心には次第にしみとおってくる…。

 「イギリスの食事が、概してまずいことは世界の定評」と冒頭で断ってから、おもむろに「まずい」例を素晴らしく生き生きした筆遣いで列挙していく著者。逆食レポといおうか、それが如何にまずいかという描写は堂に入っています。しかしそれも、読む者の頬を思わず緩めさせる「面白さ」があってこそ許される。ウィットに富んだ一流のユーモアセンスは英国紳士に匹敵するかも。

 しかし、この本の価値はそこにとどまりません。日本と同じ島国でありながら緯度が高く、気候など著しく異なるイギリス。その独特の自然環境が生む、料理される以前の食材の見事さの表現が国の風土への賛辞に結びつき、困った料理法でもてなしてくれる友人一家の、和やかな笑いに満ちた夕食のテーブルの素晴らしさの描写など読むと、誰もがイギリスを好きになる。

 特筆すべきは、どんな文化をも広い懐で受け入れる、ゆとりある笑いのセンス。これこそが、今の日本人の生活に欲しいスパイスなのかもしれません。(里)