生まれた土地と違うところに移住する「Iターン」という言葉自体は80年代から使われ、90年代から広まったようですが、特に都会から田舎への移住を意味し、それを実践する人が目に見えて増加してきたのは比較的近年のように思います。最近はコロナ禍で地方への移住がさらに注目されていますが、本書はそのIターンにまつわる「悲劇」を描いたミステリー。著者は1月に直木賞を受賞した米澤穂信です。

 物語 平成の大合併によって誕生した、とある県の地方都市、南はかま市。市域の中でも山間部の集落、「蓑石(みのいし)」は過疎化が著しく、とうとう無人になってから6年が経過した。新市長の肝煎りで、「蓑石再生プロジェクト」が始動。市役所に「甦り課」と称する課が新設され、移住者を募って10戸を確保した。

 課員は、とにかく定時に帰ることを至上目標とするやる気の薄い西野秀嗣課長、出世が望みで真面目な公務員らしい公務員の中堅職員万願寺邦和、あっけらかんとして人当たりのいい新人観山遊香の3人。移住者の支援を担当することになった万願寺は、「自然の中で生活したくて移住してきた。車の排気ガスは毒だから家の前の道は通らないでほしい」「隣人の家に伝わる円空仏は地域の宝だから独り占めにせず公開すべき」など、移住者たちの要望に振り回されながら、次々起こる「謎」に立ち向かうが…。

 一話完結の連作短編のような形式で、誰一人命を落としませんが、いわゆる「日常の謎系ミステリー」とは趣を異にします。それはひとえに「地方再生」という、重厚なテーマゆえ。その困難さが厳しく描写されます。

 その重いテーマを軽快な筆致に乗せて、万願寺と観山のやりとりを中心にテンポよく描くのはさすが。ミステリーとしては面白かったのですが、私にはそのIターンの位置づけは共感し難く、別の角度からの視点も提示してほしいところでした。(里)