地球温暖化が進んでいることを肌身に感じさせる気候が続いていますが、今月のテーマは「暑い夏」とします。

 「吾輩は猫である」(夏目漱石著、集英社文庫)

 これまでも何回か紹介した漱石作品ですが、誰にも親しみやすい軽妙な語り口で真理を語るところが文豪たる由縁。夏の暑さについても、「猫」の口を借りてユーモラスに語ります。
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 こう暑くては、猫といえどもやりきれない。皮を脱いで、肉を脱いで骨だけで涼みたいものだとイギリスのシドニー・スミスとかいう人が苦しがったという話があるが、たとい骨だけにならなくともいいから、せめてこの淡灰色の毛衣(けごろも)だけはちょっと洗い張りでもするか、もしくは当分のうち質にでも入れたいような気がする。(略)折々は団扇でも使ってみようという気も起らんではないが、とにかく握ることが出来ないのだから仕方がない。それを思うと人間は贅沢なものだ。猫のように一年中同じ物を着通せというのは不完全に生まれついた彼らにとって、ちと無理かもしれんが、なにもあんなに雑多なものを皮膚の上へ載せて暮らさなくてもの事だ。羊のご厄介になったり、蚕のお世話になったり、綿畑の御情けさえ受けるに至っては贅沢は無能の結果だと断言してもいいくらいだ。