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特攻兵の空中勤務必携 元搭乗員の花道さんがコピー所有

 日高町平和を願う9条の会(田中薫代表世話人)は終戦の日の8月15日、中央公民館で「語り継ぐ戦争と平和資料展」を開催する。現在、戦争に関する遺品や資料の調査を進めており、萩原に住む元陸軍特攻隊員の花道柳太郎(りゅうたろう)さん(95)宅では、戦争末期に作成された特攻隊員用の教本「と號空中勤務必携」のコピーを発見。同会は「あの戦争と特攻の実態を知るうえで極めて貴重な資料」とし、21日、花道さんとともに発表した。

 花道さんは戦争末期の1945年5月、重爆撃機を改造した4人乗りの特攻機「さくら弾機」に航法士として搭乗命令を受けたが、出撃2日前の23日未明、何者かの放火により機体が炎上。2・9㌧の大型爆弾を抱えて敵艦に突っ込む予定だったさくら弾機は使い物にならなくなり、急きょ、重爆撃機「飛龍」を改造したト號機(爆弾は1・6㌧)で出撃することになった。

 25日、2機のさくら弾機と花道さんらが乗り込んだト號機は福岡の大刀洗(たちあらい)飛行場を出発したが、悪天候のため沖縄の海に敵機動隊を発見できず、鹿児島の鹿屋基地(海軍)に引き返して不時着。燃料を補給後、再び沖縄に向けて出撃するため本部(大刀洗)に連絡すると、上官から「戻れ」という指示を受け、大刀洗で待機しながら再出撃の機会がくる前に終戦を迎えた。

 今回、9条の会が花道さん宅で見つけたのは、1945年5月に陸軍が作成した「と號空中勤務必携」という特攻隊員用の極秘資料。最初のページには「吾れは天皇陛下の股肱(ここう=一番頼みとする部下)なり 國體(こくたい)の護持に徹し 悠久の大義に生きむ」とあり、突撃の際の注意として「混乱も錯誤も起きるだろうが、『必ず(敵を)沈める』信念を絶対に動かさず、『必殺』の喚撃を挙げて撲り込め。斯(かく)して靖国の桜の花は微笑む」と記されている。

 9条の会は戦争の悲惨さを伝える「戦争の記録・記憶次世代に」プロジェクトを進めており、21日は花道さんの自宅でその取り組みと8月15日の資料展の開催を発表。花道さんが所有する多くの特攻関連資料の中から見つかった極秘の空中勤務必携について、世話人の杉村邦雄さん(83)は「もしかしたら日本に一つしかない貴重な資料かもしれない。奇跡のような生還を果たした花道さんがよくぞ75年間持っていてくださり、私たちに見せてくれたものだと感慨深い。8月15日には1人でも多くの人に見ていただきたいと思います」。花道さんは「特攻の部隊に配属されたのも出撃も(自らの志願ではなく)命令だった」と強調し、「あの時代、特攻兵が生きて戻るなど絶対に許されない世の中で、私は戦後も約30年間、自分が特攻隊員だったことを親にも誰にも話せなかった」と振り返る。

 資料展(入場無料)は午前10時から午後4時まで中央公民館で開催。花道さんの資料や写真のほか、町内に落ちた焼夷弾の破片、特攻隊員に贈られた日の丸の寄せ書き、憲兵隊の徽章など戦争に関する資料を展示。ほかにも戦争に関する遺品や手紙、写真、戦争中の生活に関する物品などの展示協力を呼びかけている。

 問い合わせは日高町平和を願う9条の会プロジェクト責任者の柳本文弥さん℡0738―63―2715。

写真=見つかった資料について説明する9条の会の柳本さん㊧と花道さん(花道さん宅で)

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