「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と、歌人在原業平は詠んだ。「花」が梅でなく桜を指すようになった平安の頃から、人々は桜の咲きぶりに一喜一憂していた。花にたとえ人の引き際を詠んだガラシャ夫人の辞世の歌をニュースで見て、桜を詠んだ古今の歌が知りたくなり調べてみた◆小倉百人一首には、小野小町の「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」、紀友則の「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」など6首。多くは山桜だが、伊勢大輔の「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな」は八重桜を詠んでいる。作者は女性で、一条天皇の中宮彰子に女房として紫式部と共に仕えた人物。この和歌は、古都・奈良から一条天皇に八重桜が献上された時、受け取り役を務めた新人の女房の作者が詠んだ歌という。紫式部の役だったのだが、作者に譲った。彰子の父藤原道長がその場で歌を詠むように命じ、即興で詠んで面目をほどこしたという。NHK大河でこの場面も登場するかもしれない◆近代以降では、与謝野晶子の「清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵逢ふ人みな美しき」が有名。「芸術は爆発だ」の言葉を残した岡本太郎氏の母である岡本かの子には、「桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり」という気迫のこもった歌がある◆「ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも」上田三四二。花の一つ一つに宿る命が目に見えるようである。花に人の生をなぞらえることは文学ではよくなされるが、桜という花は特に咲き始めから咲き終わりまでの命のさまが人の生を思わせ、華やぎの奥にあるその無常感に人は心ひかれるのだろう。(里)