「シクラメンのかほり」がヒットした頃、筆者は小学生。歌詞の「まわたいろ(真綿色)」「すがしい(清しい)」などの意味がさっぱりわからなかった。「君は薔薇より美しい」の頃は中学生。テレビから流れるパワフルな歌声の美しさはよく覚えている
 ◆それから30年以上が経っているが、先日の御坊公演で、目の前の舞台から会場いっぱいに響きわたる布施明さんの歌声は記憶よりも一層パワフルであった。うたい続けて50年、来月には68歳という年齢が嘘のような声である。「シクラメンのかほり」は10年間という長いスランプのあとめぐりあった曲で、「その後もこの曲には助けられた」という
 ◆トークで印象的だったのは、「遊びをせんとや生まれけん、戯れせんとや生まれけん」の言葉で有名な「梁塵秘抄」からの引用。匠の技は後世まで残るが、歌声は残せないのが残念だ、という。布施さんは、「現代は録音技術は発達しているが、それでもやはり、歌は一期一会」と言われた。たとえ同じ内容であっても舞台芸術はすべて一期一会と思っている筆者には同感の言葉だった
 ◆「梁塵秘抄」は後白河法皇の編による歌謡集。頼朝と義経を不仲にした人というぐらいの認識しかなかったが、今回興味を持って調べてみるとこの人の歌好きは尋常ではなく、「10歳の頃から今様(流行歌)に興味を持ち、昼は一日中歌い暮らし、夜は一晩中歌い明かし、声が出なくなったことが3回」という
 ◆「君は薔薇より美しい」のサビの部分に当時テレビを見ていた頃の記憶などよみがえらせながら、800年さかのぼる平安時代も今も、「うた」の持つ力が人の心を捉える事実は変わらないのだなとあらためて思った。   (里)