マンドリンという言葉を、宮沢賢治の「風の又三郎」で初めて知った。1年から6年まで一緒に学ぶ小さな学校で、先生のマンドリンに合わせ皆がうたう場面がある。不思議な物語と共に楽器名が印象に残った
 初めて実際に見たのは高校のギター・マンドリン部。胴がビワの実のように丸く、小さくてかわいらしい。金属弦の澄んだ響きが魅力で弾いてみたいと思ったが、トレモロがさっぱりできない。何度やっても「トゥルルル...」ではなく「トゥールールールー」と間延びする。諦めてギター伴奏を務めたのだった
 先日、実に久しぶりにマンドリンの音を聴いた。プロマンドリン奏者石橋敬三さん(印南町出身)出演の市文コンサートだ。最初の曲で「あれ?」と思った。トレモロではない。それができなくてマンドリンを諦めた身には新鮮な驚き。トレモロは比較的新しい奏法で、マンドリンにはもっといろんな弾き方があるという。目からうろこが落ちる思いで、部活とは違う響きの演奏を堪能した
 オリジナル曲が中心。鯉のぼりの恋を表現した「ビッグフィッシュ」、格闘技の世界に入った友人を応援する「サザナミガゼル」など数々の曲は、聴く人の心を捉える爽やかさと力強さがあった。アンコールは「赤とんぼ」だったが、オリジナル曲で締めくくってもよかったのではと感じるほど石橋さんの音楽は会場をつかんでいたと思う
 どんな分野の芸術も、技術的な裏づけと同時に独自性が求められる。ソロマンドリンというあまり例のない形で活動を続ける石橋さんの演奏には、柔軟で自由な響きがあった。懐かしい音楽に再会したようでもあり、新しい音楽と初めて出会ったようでもある。仕事を離れ、音楽ファンとして心楽しいひと時を過ごさせてもらった。     (里)