出版不況といわれる現代にあって、わずか7日間で100万部という驚異的な売り上げを記録した村上春樹著「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文藝春秋)。売り出しのカウントダウンの模様がニュースで流れるなど、もはや社会現象となっていた◆しかし、氏のエッセイのどこかで「10万部単位の頃には作品が多くの人に理解されているのを感じていたが、100万部単位になってからはより多くの無理解や悪意が感じられるようになった」と読んだ覚えがあり、今回のお祭り騒ぎのような売られ方には違和感を覚えた。理解できない多くの人に読まれ、的外れの批判を受けてもいいんだろうか、と◆筆者にとっては一時期熱中し、その後離れた作家。土の匂いのしない都会的な作風、だが内容は軽くはない。誠実な描写、世界を見つめる目の深さと厳しさがよかった。しかし「ノルウェイの森」や「ダンス・ダンス・ダンス」が好きになれず、以後エッセイだけを読むようになり今に至る◆ニュースに乗せられたわけではないが、およそ20年ぶりに最新作を買って読んだ。昔はなかった時代へのまっすぐなメッセージのようなものを感じ、その書きぶりに、無理解な人を恐れる気持ちなどとうの昔に超越したのだろうと思った。無理解な人が50万人いても、もっと売って100万人の理解者と出会う可能性に賭けると決めたのかもしれない。その本を必要とする誰かの手に間違いなく届くように◆それにしても、演出次第でそれだけ売れるという事実には感心する。出版業界だけでなくいろんな場で参考にできないものだろうか。その品がきちんと実質的な価値を持つことが条件になるが。     (里)