ことしは寒くなるのが遅く、師走に入ってもまだ美しい菊の花を見ることができるが、先日、弓場龍溪さんの本紙連載随筆「弓庵つれづれ書画話」で、菊も実は、皇室の象徴であるだけでなく桜と共に国花の一つであると初めて知った。青く澄んだ空の下で優雅に凛と咲く花は、確かに日本の心を表すにふさわしいと思える◆10代の頃は音楽でも映画でも小説でもアメリカが好きで、日本文化にはあまり関心がなかった。それが20歳を過ぎて友人に借りた司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で日本史の面白さに目覚め、やがて伝統文化にも興味を持って勉強することとなった。知れば知るほどこの国の歴史と文化の奥深さには惹きつけられた◆司馬氏が歴史をテーマに書き続けたのは、日本人とは何なのかという疑問を追求したいとの思いからだったそうだ。筆者が読んだのは膨大な著作のほんの一部だが、特に印象的な作品の一つが日露戦争を描いた「坂の上の雲」だった◆氏は生前、この作品の映像化を断っていたという。視聴者が万が一にも戦いを、日露戦争における日本の「勝利」を美化などすることのないように、との強い意志がそこにはあるのではないかと思う。NHKのスタッフが「必ず司馬氏の意図に沿った作品にする」と夫人のみどりさんを説得し、ドラマ化は実現した。一昨年から3年がかりで放映。最終年であることしの放映が、きょう4日からスタートする◆映像化された作品は原作とは別の価値を持つと思っているが、このドラマに限っては、要の部分で原作者の心が汲みとられているかしっかり見たいと思う。春には桜、秋には菊という美しい花に象徴されるこの国の本質を、一生かけて問い続けた作家のために。 (里)