みはま支援学校は独立行政法人国立病院機構和歌山病院に隣接、渡り廊下でつながっている。 病院には医療の言葉でいう「重症心身障害児 (者)」、教育の言葉でいう「重度重複障害児 (者)」が約160人入院している。 通称 「重心 (じゅうしん)」 と呼ばれる病棟の患者は、脳の疾患のため生まれつき全身の自由がきかず、 知的、 肢体の障害に加えて他の病気も患うなど、 障害のレベルはかなり重い。みはま支援学校は、この重心病棟に入院している患者 (第1学部) のほか、 心の不安や苦しみから不登校となったり、 広汎性発達障害による不安症等の2次障害に苦しむ子どもたち (第2学部)が通う県内で唯一の病弱支援学校だ。本年度の児童・生徒は43人(5月1日現在)、うち27人が第1学部の重心病棟の患者であり、毎日、教諭が渡り廊下を歩いて病室でのベッドサイド授業を行い、移動が可能な小中学部の児童・生徒は病棟の横にある約40畳のはまかぜ教室で授業を受けている。
 文部科学省管轄の県立支援学校と、厚生労働省管轄の病院が連携していくために、何よりも重要なのが児童・生徒の病状や治療・学習方針などの「情報の共有」。とくに、重心病棟の患者については、病院側の医師や看護師ほか児童指導員、保育士ら療育指導室のメンバーが医療・福祉の両面から治療、療育支援に当たっており、学校に籍を置く27人は毎日の学校の授業も受けている。学校と病院は現場の担当者が互いに理解、協力していくため、担任、病棟看護師、療育指導室スタッフの3者でつくるケース会議で児童・生徒の治療、学習、療育について意見を交換。児童・生徒1人に対して年度当初と年度末の2回ずつ話し合い、個々の病状や生活の状況をみながら保護者の意見も聞き、方針を決定する。それぞれが違う組織、 違う目的で仕事をしているため、時間の確保は難しいが、話し合うことで互いの見えにくい部分も指摘できる。
写真=和歌山病院療育指導室のエアートランポリンを使った療育活動 
第2話.jpg 重心の児童・生徒にとって、日々の授業は一般的な教科書を開いての勉強ではなく、ベッドサイドでは絵本を読み聞かせてもらったり、キーボードを触ったり。はまかぜ教室では音楽を聴いたり、ボールや遊具で遊んだり、感覚を刺激することで脳の活性化を目的としている。知的、運動レベルも含めた発達年齢は数カ月から4歳程度。1歳未満の児童・生徒は全身のリラクゼーション、スキンシップ、体を動かすことで感覚刺激を受け、意思疎通や感情の表出を促す 「自立活動」 が指導の根幹をなす。笑顔で名前を呼びかけても、その音声の意味が分からず、自分の名前を呼んでいるとは理解できていないのかもしれない。それでも毎日、名前を呼び続け、スキンシップを繰り返す。それはまるで生まれてまもない赤ちゃんに対する母親のよう。そうすることにより、自分と他人との違い(関係性)に気づき、コミュニケーションがとれるようになるかもしれない。一般の学校の荒れて手がつけられない、いわゆる不良と呼ばれる生徒たちも、教師が変わると別人のように態度が変わることがある。 そんな現場での経験からも、小中高等部重複学級担当主事の廣野晃(47)は 「この重心の生徒も一般の学校の子と同じで、どんなに現実が厳しく、難しくても、人は人とかかわり接することで変化、成長できるはず」という。心地よい刺激と毎日の人とのふれあいが 「生きる力」 を芽生えさせると信じる。
 病院の療育指導室では年に3回、一般の小中学校の授業参観のように、保護者を迎えて患者と一緒に音楽を聴きながらの遊具運動、血液循環をよくするオイルマッサージのスキンシップなどを体験する親子療育教室を開いている。長年離れて暮らし、障害の重い子どもと会わない時間が長くなると、親であっても多少の戸惑いが生じる。さらに子どもが年齢、肉体的に大人へと成長するにつれ、「自分に何ができるのか」と思い、自然に接することができない親もいる。それでも、子どもと一緒に音楽を聴きながら、遊具で心地よく揺られるムーブメントを体験することで、他人にはわからない小さな表情(心)の変化に気づき、子どもがどういう感覚で、何を気持ちいいと感じているのかが理解できるという。
 ほか、独自の取り組みとして、毎月1回、学校と療育指導室がアイデアを出し合って病棟内集団活動を実施。学齢児ではない未就学の患者や学校を卒業した患者らも一緒にプロジェクターで映写するDVDを見たり、人形劇やエアートランポリンを楽しんでいる。療育指導室室長の加藤勝幸(55)は「療育によって心身機能が改善するというのは正直、難しい。でも、体を動かし、外に出たりして、五感の刺激を受けることで脳が活性化し、天井の一点を見つめているだけの顔に表情の変化が表れることがある」。小さな笑顔に仕事の喜び、やりがいを感じ、全スタッフが 「その笑顔を一日でも長く継続させたい」という思いで取り組んでいる。
 開校時、学校と病院の現場担当者の連絡会議が設けられた。そのうちの1つ、幹部同士のA連絡会議の初顔合わせで、和歌山病院院長の竹中孝造は「私たちは厚生省と文部省の垣根を取って手を組もう。どんなことでも、結果として子どもたちのためになればいいのだから」といった。静かな力のこもった言葉に、会議の全員が胸を搏たれた。あの日から30年。重心の患者にとって病院は生活の場であり、その毎日を少しでもうるおいのある豊かな時間にするため、行政の垣根を越え、渡り廊下を行き交う学校、病院関係者の思いが重なる。