名優ダスティン・ホフマンが自閉症の男性を演じたアカデミー賞映画 『レインマン』。レイモンド(D・ホフマン)は施設で生活していたある日、父の死をきっかけに、年の離れた弟チャーリーと出会う。トム・クルーズ演じるチャーリーは、やり手の中古車ディーラーながら破産寸前、遺産を目当てに、初めて出会ったレイモンドの後見人になるため、誘拐同然に施設からレイモンドを連れ出し、車で大陸横断の旅に出る。会話ができず、不可解な行動をとるレイモンドにチャーリーはいらつき、怒りをぶつけながらも、1週間の旅の間に少しずつ心を通わせる兄弟。日本でも大ヒットとなり、国民の感動を呼んだ。
 D・ホフマンが演じたのは、数字に関して驚異的な記憶力を持つサヴァン症候群といわれる自閉症。映画の中では「知能は高いがコミュニケーションと学習能力に障害があり、感情の表現と理解ができない」と説明される。D・ホフマンはその特徴的な言動をとらえた演技が絶賛され、 2度目のオスカー最優秀主演男優賞に輝いたが、弟役のT・クルーズも実生活ではLD(学習障害)。生まれつき字を読んだり書いたりすることが困難で、俳優として有名になったあともセリフを覚えるため、台本は人に読んでもらうなど苦労したという。この自閉症や学習障害は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とあわせて、障害児教育では一般的に「発達障害」と呼ばれている。
 いずれも多くは知的障害はないが、コミュニケーションや想像力に著しい困難があり、自閉症(広汎性発達障害)は▽社会性の障害(極度なKY等)▽コミュニケーションの障害(きれいな標準語で、友達に敬語で話す等)▽想像力の障害 (興味の範囲が極端に狭く、 予定外の行動が起こるとパニックを起こす等)などが特徴。「自閉症」という字や語感から、日本ではいまなお「ひきこもり」「うつ」 といった誤ったイメージが強いが、自閉症とは親のしつけや環境によって起こる心の病ではない。多くは生まれつきの脳の機能的な障害が原因と考えられており、ひきこもりはその障害から対人恐怖や不安を抱え、いじめられたりして不登校になった姿である。
 病弱の子どもらが通うみはま支援学校は、 重症心身障害児(者)のほか、以前はぜんそくやネフローゼなど慢性疾患の子どもたちも多く通っていたが、医療の進歩や和歌山病院の小児科外来・病棟の廃止(平成16年度)に伴い、これら慢性疾患の児童・生徒はいなくなり、かわって、 自閉症などの発達障害による2次障害として心身症等の心の病に苦しむ子どもたちが増えている。本年度(4月1日現在)の児童・生徒43人の中にも、 多くの心に傷を負った生徒たちが中等部と高等部で学んでいる。
 「やかましい」。自閉症による2次障害(パニック障害)で小中学校時代、不登校となっていた陽子 (仮名)は、男の人の笑い声が聞こえるといたたまれなくなる。教育相談を受け、一般の中学を卒業後、4月にみはま支援学校高等部に入学したが、ある日の授業中、隣のクラスから男の人の笑い声が聞こえてきた瞬間、 立ち上がって大声で怒鳴った。目や耳から受ける情報をうまく処理できず、同時に聞こえるいくつもの音のすべてに反応してしまうのが彼女の症状。なかでも、どういう理由か、男の笑い声ほど不快な音はない。普段は口数が少なく、先生やクラスメートとも和歌山の言葉ではなくきれいな標準語で話していたが、にぎやかな声や喧噪が耐えられず、我慢が限界に達したとき、まるで別人のように大声で怒鳴り散らした。周囲は驚いて静まり返り、やがて自分もわれに返ると、いまさっき怒鳴ったことを覚えていない。 その瞬間は頭の中が真っ白で、それが辛くいつも自己嫌悪に陥った。
第3話.jpg  高等部主事の赤松 (52)は陽子に対してまず、 安心して接することができるキーパーソンづくりを進めた。それは不安がなくリラックスでき、いつでもそばにいて相談できる相手として、担任の田中に決めた。田中は互いの信頼関係を築くため、場の共有が必要と考えた。 ときには黙ってマンガ本を読む陽子の隣で何時間も一緒にマンガを読むこともあった。半年ほどが過ぎ、陽子はしだいに校内で落ち着きをみせはじめた。 次は陽子がキレたり、不安で苦しくなったとき、いつでも飛びこんで気持ちをクールダウンできる 「タイムアウト部屋」 をつくった。そこにはマンガ本がたくさんあり、飲みたければ自分でコーヒーを入れて飲むこともできる。この部屋を陽子はうまく活用した。3つ目のツールとして取り入れたのは、「先生は休むことがあります」「しんどいです」 などと、田中と陽子が互いの予定や行動、気分を表す文章を書いた「ソーシャルストーリー」と呼ばれるカード。陽子は耳で聞くより目で見た方が理解しやすく、これら1枚1枚の意味を問いかけ、話し合い、合意できるまでじっくり時間をかけた。また、音に対して過剰なまで敏感に反応してしまう陽子は、イヤホンでMDの音楽を聴くことで周囲の音を遮断でき、疲れたときにはこれで少し楽になれる。授業中など、 「しんどいです」 「MDを聴きたい」 「外へ出たい」 という体調のレベルを示すカードを見せることで、 教師は 「どうぞ」 とその意思表示を受け入れる。このMDやカードは 「サバイバルバッグ」 という鞄に入れて持ち歩き、これを使うことによって自分の感情にレベルがあることを知り、爆発を回避できるようになった。
 こうして少しずつ変わってきた陽子は、早朝、 1人でコンビニで買い物ができるようになった。 「お客さんがいっぱいいるとしんどいから」、 仕事へ向かう人たちで込み合う前を狙って行くという。まさに小さな「生き抜く力」。テレビゲームの主人公のように、アイテムを活用することで着実にLIFE(生命力)、HP(体力)を伸ばしていった。2年生の夏の北海道への修学旅行。「飛行機に乗れるかな」「また衝動的に怒ってしまうのでは」。不安で不安でたまらなかった。しかし、赤松らは確信していた。「この子はもう以前の彼女ではない」。あらゆる事態を想定、 シミュレーションのうえ、 サバイバルバッグがあれば大丈夫だと説明した。「私もみんなと北海道へ行きたい」。2泊3日、札幌ドーム、美瑛の丘、旭山動物園...陽子は友達と心から旅を楽しみ、 それまで学校では見せたことのない笑顔がこぼれた。3年間のみはま支援学校の生活で活動の幅が広がり、やる気が生まれ、それが働く意欲となり、いまは一社会人として就職。ときどき人間関係に疲れて休む日もあるが、立派に仕事をこなしている。
 赤松は「なにより大切なのは、ここに来る生徒を個人としてきちんと認めること。社会や周囲の人との関係において、2次的な障害を生じていることが多いんです。人格と障害は別。 生徒たちが豊かに生きるにはどうしたらいいか。1人ひとりに合った環境を整え、生きる力をつけてあげたい」という。