直木賞作家小川哲の近著をご紹介します。著者を思わせる「小川」という作家を主人公とする連作短編集です。表題作のほか4編の短編とエッセイを収録。

 物語 若き新進作家・小川は、高校時代に困ったクラスメイトだった片桐と再会、なぜか一緒にスーパー銭湯へ行く。相変わらず自分本位で図々しい片桐にあきれ、もう会うこともないと思ったが、2年後の同窓会で、片桐がSNS上で金融界の寵児となっていると知る。個人トレーダーとして成功し、複数人数から預かった数十億円を運用している、と。「ギリギリ先生」の名で有料ブログもあり、会員になってみた。投資を成功させるさまざまな理論が書かれ、運用状況が報告されているほか著名人と片桐の2ショット写真も上げられている。しかし、やがて片桐を取り巻く状況の風向きは少しずつ、だんだん大きく変わっていく…。(「君が手にするはずだった黄金について」)

 「いま」という時代の空気感を、若い世代の視点から的確に伝える好短編集。「嘘」や「虚飾」が重要なモチーフになっていながら、その底に真実を模索する姿勢が見える。時代を投影するディテールが具体的でリアルなので、それに引き込まれてどんどん読み進められます。

 読みながら何度となく思ったのは、「この人は、80年代生まれの村上春樹なのでは」ということ。伊坂幸太郎が村上春樹になぞらえられているのを知った時には「全然違う」と思いましたが(決定的なのは、伊坂作品では家族やきょうだいが非常に重要なファクターになっているけど、村上作品ではそんなことはない)、本書では、対象との距離の取り方、冷静でクレバーな語り口の中にある種の確固たるプライドと気概が内包されていることなどから、自然と村上作品に通じるものを感じます。でも長編を読んでみないとはっきりしたことが言えないので、次は直木賞受賞作「地図と拳」を読んでみたいと思います。(里)