1月に芥川賞を受賞したばかりの、生成AIの存在を焦点に据えた、極めて同時代的な一作をご紹介します。

 物語 著名な女性建築家、牧名沙羅は迷っていた。大きな仕事のコンペを控えているのに、どうにもその仕事の対象である建造物の名称が許せない。「シンパシータワートーキョー」という、彼女にとって絶望的なまでにダサい名称が。

 その建造物はある学者の提唱を受け、都心に新たな刑務所として建てられるものであった。極めて快適な高層タワーマンション風建造物で、住人は犯罪者と看守。犯罪者は「ホモ・ミゼラビリス(同情されるべき人々)」と言い換えられ、「シンパシータワートーキョー」内で快適に過ごす。その生活費も何もかも、税金でまかなわれることになる(ただし外へは一切出られない)。そのあり方が物議を醸すことは、火を見るより明らかだ。

 牧名の15歳年下の美貌の恋人、拓人はその名称の野暮ったさを瞬時に回避し、「東京都同情塔」と訳する。牧名は「東京同情塔ではなく東京都同情塔。それがいい。『都』があるのとないのとでは全然違う」とセンスを絶賛。そして数年後、彼女の設計による「東京都同情塔」が首都の一角に屹立する…。

 直木賞作品には揺るぎない普遍的なテーマを内包したものが多く、芥川賞作品には時代の徒花(あだばな)的な「いま」を織り込んだものが多いという印象を持っていたのですが、本書はその最たるもの。

 今、まさに今この瞬間にも、日本語という言葉のシステムと日本人の価値観とがダイナミックに音を立てて崩壊し、同時に、密やかに別物へと再構築されつつある。そんな空恐ろしい時代の息遣いを、戯画化しつつ鮮やかに表現した興味深い作品でした。

 脳内に小さな検閲者がいて、すべての言葉を問題が起こらないようチェックしてから口を開く。近年の社会状況に奇妙に合致したそのシニカルな描写が、個人的にはなかなか面白かったです。(里)