受験シーズン、今回は数学ノンフィクションで、数学の問題を提議してみよう。しかし、その前に著者のサイモン・シンについて経歴を示しておこう。

 インド系イギリス人としてイギリス南西部のサマーセット州に生まれ、ケンブリッジ大学大学院で素粒子物理学を学び博士号を取得した。しかし研究者の道へは進まずイギリスのテレビ局BBCに就職。ドキュメンタリー番組「フェルマーの最終定理―ホライズンシリーズ」を制作することになった。この番組が各種の賞を受賞し、また米国エミー賞にもノミネートされた。これを元にして書かれたのが本書である。

 ではその「フェルマーの最終定理」とはいったい何なのか? それは以下の数式である。

  Ⅹn + Yn =Zn

 この数式を解くのに300年もかかってしまったのである。多くの天才数学者たちが挑み、いずれも失敗していった数式なのである。

この関数式を書いた17世紀のアマチュア数学者ピエール・ド・フェルマーは、本の余白にこうメモを残した。

「nが3以上の自然数(例1,2,3というような普通の数字)を満たす自然数は存在しないという真に驚くべき証明を、私は見つけた。しかしそれを書くには、この余白はあまりにも狭すぎる」

 本当にこれが証明できていたのか? これが数学上の大問題となり、多くの天才数学者たちを狂わせ悩ませたのである。300年後の1993年6月、アンドリュー・ワイルズがそれを証明するまでは…。

 プリンストン大学の教授であったワイルズは、日本の谷山・志村予想(東大教授)と岩澤理論(プリンストン大学教授)を駆使して、フェルマーの最終定理を証明したのである。

 そこはケンブリッジ大学の片隅の教室。ワイルズは世紀の大発見を、集中講義として小さな教室で発表した。あまりにも反響が大きいことを予想し、通常の講義という形を取り3日間かけて発表したのである。授業の参加者は1日目は数名程度、2日目は何か変だということで噂が広まり、教室のおよそ8割程度が集まった。しかし最終日の3日目には教室に入りきらないほどの大盛況となり立ち見も出るほどになってしまった。

 3日目の夕刻のことを、後にワイルズはこう述べている(同著より)。

「講義の終わりになると、たくさんの人たちが写真を撮りはじめました。研究所の所長はシャンパンを1本持ち込んでいました。私が証明を口にすると、なんとも言えない威厳に満ちた静寂が訪れました。それから私は黒板にフェルマーの最終定理を書き、こう言ったのです。ここで終わりにしたいと思います」。

 そのとき教室内に喝采が湧き起こり、スタンディングオベイションはいつまでも鳴りやまなかった。

 これが、300年続いたフェルマーの最終定理に決着をつけた瞬間であった。(秀)