ロシアとウクライナの戦争は停戦の兆しも見えませんが、開戦からこれまでのロシアのプーチン大統領の言い分を聞いていると、かつてのナチスのヒトラーがそのまま重なります。本書は第2次大戦中と直後のドイツを交錯させ、史実を織り交ぜながら圧倒的な臨場感で描く歴史ミステリの傑作です。

 あらすじ 1945年7月、ナチスドイツが戦争に敗れ、米ソ英仏の統治下に置かれたベルリン。ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人の少女アウグステの恩人にあたる男が、ソ連領域で米国製の歯磨き粉に混ぜられた毒で不審な死を遂げる。米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、彼のおいに訃報を伝えるべく旅に出る。しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になり、2人はそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩き始める。傷ついた街で少女と泥棒は何を見るのか…。

 1939年9月1日、ヒトラー率いるドイツ軍がポーランドに侵攻しました。ドイツと同盟関係にあったスロバキアとソ連、ポーランドと同盟を結んでいたイギリス、フランスが相次いで参戦。第2次世界大戦が始まりました。ヒトラーは前日、国境近くのラジオ局襲撃をでっち上げ、ポーランド国内におけるドイツ系住民への迫害を理由に、国民向けラジオで「私は忍耐強く、何度も交渉を持ちかけたが、ポーランドの返事は挑発的だった。これは祖国の未来のため、迫害されている自国系住民を救出するための戦いで、戦争回避を放棄したのは相手側であって、自分たちはやむなく武器を取り立ち上がったのだ」と、いわゆる「偽旗作戦」で自衛の戦いを強調しました。約1カ月後、ポーランドはドイツとソ連を中心に分割占領されますが、当初、ドイツ軍兵士の多くは演習としか知らされていなかったといいます。

 大戦中のドイツ国内、占領下のポーランドではナチスの絶滅政策により、ユダヤ人や国家なき少数民族が〝浄化〟の対象となり、戦争終結までに約600万人が殺害されました。本作にも、小学校の黒板に雑貨店の風景の絵が張り出され、描かれた人物の中からユダヤ人の見つけ方を教師が指導するシーンが出てきますが、現実のウクライナのロシア占領地域では、言語も通貨も情報もロシア製に変えられ、教育もロシア式の指導要領が強制されています。

 両親がナチスによって死に追いやられたアウグステは、恐怖社会の中でいつしか国家を受け入れられない「異端」が自身の中に巣食っていることに気づきます。ベルリンからポツダムへの旅の途中、自身の壮絶な過去と向き合い、正しい生き方を自問し、さまざまな危険を乗り越えていきますが、戦争で狂った世の中ではそれがいかに苛酷か。いま、再び繰り返されている悪夢が一日も早く終わることを願うばかりです。(静)