「考古学をやっている人で、岩内古墳を知らない人なんていないですよ」近ごろ聞いた言葉の中で、一番衝撃的だったかも知れない。全国の考古学を学ぶ人たちが紀伊半島の史跡を巡るツアーで、奈良県から参加した女性の言葉である◆御坊市岩内にある岩内1号墳のことを、筆者はこの仕事についてから取材を通じて初めて知った。埋葬説のある有間皇子については、少女漫画で読んで知っていた。里中満智子のライフワーク的作品「天上の虹」で、主人公の初恋の相手として美しい若者に描かれている。その有間皇子を葬ったのではないかと推定される墓が御坊市内にあるとは、新鮮な驚きだった◆岩内1号墳から発見された漆塗りの棺、副葬品の大刀は、その古墳が誰か高貴な人物の墓であるという、いわば物的証拠である。単なる言い伝えではなく、「物」が歴然と残っているのだ。終末期、つまり古墳があまり造られなくなっていた時期に都から遠く離れたこの地で築かれたこと自体、注目に値する。しかも中にあったのは、皇族など身分の高い人物にしか用いられなかった漆塗りの棺だった◆政争に巻き込まれわずか19歳で命を落とした悲劇の皇子は1300年以上も昔の人物で、記録も少ない。だがこの古墳が有間皇子の墓であるならば、皇族にふさわしく葬ろうとした誰かの意図がそこにはあったはずで、古墳を通じて遥か遠い過去から一人の若者の実在感が立ち上ってくる◆今回のツアーで改めて、古墳が地域の宝と思い知った。少なくとも「考古学をやっている人なら誰もが知っている」ほどの重要な古墳がここにある、という事実だけでも多くの人に知ってほしい。有間皇子埋葬説を提唱した故森浩一氏の「考古学は地域に勇気を与える」という言葉を思い出した。   (里)