市文シネマ第3弾「一枚のハガキ」を鑑賞した。昨年100歳で他界した新藤兼人監督が99歳の時、「世界最高齢の現役映画監督」として制作した映画だ。
 主人公の水兵は、くじ運がよかったため100人中6人の生き残り組に入る。しかし帰った家に居場所はなく、いわば戦争に家族を奪われていた。亡き戦友から預かった一枚のハガキを手に彼の実家を訪ねると、妻がボロボロになりながらも1人たくましく生きていた。主人公は生き残った負い目を償うように、苦労して貯めた20万円の半分を戦友の妻に差し出す。しかし彼女は、「10万円で勘弁してもらおうとするのか。死んだ94人がそれで浮かばれるのか。100億でも1000億でも駄目だ。金じゃないんだ」と怒りをほとばしらせる。それは目の前の男ではなく、何かもっと大きなものにぶつけているようだった。
 特筆すべきは、随所にたたえられたユーモア感覚。悲惨極まりない一家の運命を描きながらも、「どんなにつらくても悲しくても、生きている者は生きていかねばならない」という人間の底力が、とぼけた笑いで見事に表現されている。何の衒いも気負いもなく人々の営みを温かく見つめる視点は、人生経験を重ねた監督ならではだろうか。100人の中で生き残った兵士は監督自身のことでもあるという。
 「一粒の麦をまこう」という、最後の復員兵の言葉は象徴的だ。「各人がそれぞれの天地で、やれるだけのことをやる」それが、生き残ったことへの彼なりの答えだった。逝去の前年にこのような映画を創った新藤監督は、それを自身で実行し、後進への道しるべを指し示してくれているようだ。作品の受け止め方は観る人次第だが、自分なりに見いだしたものを大事にしたい。(里)