先日、歌舞伎役者の六代目中村児太郎さんが、 雀成会 (27日、 国立劇場)での 「京鹿子娘道成寺」 のため道成寺へ成功祈願に訪れた。一昨年他界した人間国宝七代目中村芝翫丈の孫であり、 九代目中村福助丈の長男である◆祈願のあと、取材させていただいた。一つ一つの質問に、 自身の言葉で誠実に答えてくれる。 話しぶりには自然な感情がこもっており、 しかも言葉遣いが丁寧で礼儀正しい。 19歳の若さながら伝統を受け継ぐ覚悟が垣間見え、 感じ入った◆「娘道成寺」 は歴代児太郎が皆十代で演じているので自分も、と心に決めていたという。 「祖父に直接教えてもらった唯一の演目なので...」 という言葉とまなざしから真情がにじみ出るようで、その時間は児太郎さんにとって大切な記憶なのだろうな、と察せられた◆「祖父の...真似、というわけではないですが...」と言いあぐねていたが、そこに込められた思いは分かるような気がした。芝翫丈が伝えてくれた舞踊を、 込められた心ごと完全に受け継ぎ、自身のものとして表現する。それを念願する思いは言葉などに収まりきらないのだろう◆10年ほど前、 大阪松竹座で芝翫丈の舞台を拝見した。「一本刀土俵入」 の酌婦お蔦。粋で、しかもどこかとぼけたユーモラスな味が印象に残った。9年前の福助丈の道成寺境内での 「娘道成寺」奉納は、 通常の歌舞伎公演では有り得ない降りしきる雨の中での舞踊。演者の昂揚感が客席にまで伝わってくるようで感動を覚えた。同じ成駒屋の役者でも、 芸の発する光の色は違う。 児太郎さんもきっと家の芸を受け継ぎながらその上で自身の光を放つ、そんな境地を目指すのだろう。一歌舞伎ファンとして楽しみだ。     (里)