アメリカ映画の『12人の怒れる男』は、父親殺しの罪で起訴された黒人少年の裁判の陪審員の議論を描いた傑作サスペンス。有罪が11人、無罪が1人で始まった密室の審議は、「少年が犯人だと確信できない」男の主張が他の陪審員の思い込みや錯覚を突き崩し、1人、また1人と無罪が増え、ついには全員が無罪で一致する。
 この映画も探偵漫画も、犯人を見た、叫び声を聞いたという証言をめぐる推理と謎解きが大きな見せ場となる。また、現実の事件でも、目撃者の証言をもとに逮捕、起訴された被告が無罪を主張し、弁護人の実験が人間の記憶はいかにあやういものかを証明し、無罪につながったケースもある。
 先日、東大地震研究所が立川断層の掘削現場のコンクリートの杭を断層の横ずれと見誤り、見学者の指摘を受けて訂正、謝罪するという恥ずかしいニュースがあった。しかし、これも人間の思い込み、視覚の認知情報処理の怖さを示す好例で、断層があると思って調べているうち、「見つけた!」とばかり、見たいものが見えてしまった。地震の素人である土木の専門家のニュートラルな目と脳が、地震の専門家の誤認を見抜いた。
 人は人に出会った瞬間、互いに相手の目を見る本能的な習性があり、逆三角形の3つの点を人の顔だと判断する脳の働きがプログラムされている。これは「シミュラクラ現象」といい、心霊写真の多くはこの現象で、人面魚や火星の表面の人面岩などもこれにあてはまる。
 株価が上昇、円安が進み、長い長い不景気の闇にようやく光が差し始めた。仄暗い日本の空に浮かんで見えるのは、景気回復に笑う安倍首相の顔のようにも。ここは思い込みが大事。 (静)