昨年末から歌舞伎のことばかり書いているようだが、やはり書かずにいられない。今月3日、十二世市川団十郎が他界した。十八世中村勘三郎に続く訃報である◆荒事の創始者初代市川団十郎の芸を受け継ぐ市川宗家の当主。名門中の名門であり、その芸は王道中の王道。柔らかな笑みにはいつも、地位にふさわしいどっしりとした安定感と大らかさがあった。子息の海老蔵は会見で「大きな愛」のある人だった、と目を赤くし、噛みしめるように語っていた◆6年前、劇場で「勧進帳」を観た。海老蔵の富樫が目当てだったが、幕が上がると団十郎の弁慶に圧倒された。ずっしりと実質のある芸の厚み、若々しい富樫を吹き飛ばす存在感。市川宗家のお家芸、カッと見開いた目の「にらみ」で空間を支配していた◆9年前に白血病を発症、5年前に骨髄移植。「現代医学がなければ生きてはいない」と骨髄バンク推進連絡協議会会長に就任した。そのような体で、相当な体力と気力を要する舞台を見事に務めてきた。「頑張っているから悔いはないんですよ」という晴れやかな笑顔には、生のエネルギーを完全燃焼させている人の爽快感があった◆先日、追悼番組で一昨年夏の「勧進帳」を観た。「にらみ」の凄さにあらためて感じ入ると共に、6年前より格段によくなった海老蔵に瞠目。弁慶の意気に感じて関所を通す富樫の男気が伝わってくる。その気迫に、伝統を背負っていく覚悟を見た◆「勧進帳」の幕切れは飛び六方。片手を大きく振り、床を激しく踏んで大きなモーションで花道を駆ける。荒事の代表的な所作だ。正座して画面を見つめた。花道を去っていく団十郎の弁慶が、一際大きくこちらに迫ってくるようだった。    (里)