昭和20年から67年目の夏、ことしも終戦の8月15日に合わせて戦争の連載を計画している。現在、チームで取材を進めており、噴き出る汗をぬぐいながら体験者を訪ね、資料を探し求める毎日。昨年から1年が過ぎ、あきらかに取材できる人が少なくなっているのを感じる。
 元軍人の男性に取材の旨を切り出すと、たいていは「いや、私なんか別にたいしたアレでもないですから」と謙遜され、「外地(海外の戦場)へ行ってませんし、とくにお話しできることもありません」といわれることも多い。戦争を知らぬ世代にはいまひとつピンとこないが、元軍人にとって内地と外地は目に見えぬ大きな違いがあり、終戦まで内地で過ごした人は、外地経験のある人に引け目を感じておられるるように思われる。
 終戦時、10歳の子どもだった人は77歳、20歳で軍人だった人は87歳。支那事変(日中戦争)も含めた体験者となると軽く90歳を超え、いまもお元気で鮮明な記憶を話していただける方はなかなか見つからない。早晩、確実にいなくなる「絶滅」寸前の人たちであり、記者として、戦争連載はいまやらねばならない使命である。
 85歳、90歳、95歳...人の記憶は現在より遠い昔であるほど忘れがち。長い日本の歴史からみればほんの一瞬ではあるが、70年前にまぶしい光を放った戦争も、現在から遠ざかるほどその輝きが小さくなるスピードもアップする。戦争体験者の記憶を掘り起こす取材は、ある意味、膨張宇宙の果ての星をさがすようなものである。
 暗く小さいながらも、70年前から輝き続けてきた「終わらざる夏」の光を、読者にお見せすることができればと思う。    (静)