第170回直木賞受賞作品をご紹介します。大阪生まれ、京都大学出身の万城目学氏による、爽やかな感動を呼ぶ一冊です。表題作のほか、「十二月の都大路上下(カケ)ル」も収録。

 物語 京都盆地が地獄の釜のごとく茹で上がる8月。大学4年生の朽木は、実家にも帰らず酷暑の京都に取り残されていた。「焼き肉をおごる」という友人の多聞の言葉に動かされ、木屋町へ自転車で転がり込むと、多聞は言葉通りたらふく焼き肉をごちそうしてくれる。しかしそれと引き換えに、また、3万円の借金をチャラにしてくれるのと引き換えに、奇妙な野球の試合への出場依頼を引き受ける羽目になった。御所グラウンドという、広大な御所の敷地内にあるグラウンドで行われる、「たまひで杯」なる草野球のリーグ戦である。

 「たまひで」は往年の名妓の名で、彼女のくちづけを懸けて男たちは灼熱の京都で球を投げ、打ち、走る。何十年も続いてきた伝統なのだという。就職を控え卒業単位の足りない多聞は、卒業と引き換えに試合に出るよう三福教授に命じられた。猛暑の盆期間、学生はみんな帰省しているしメンバーがそろうわけがないというと、「大丈夫だ。なぜかちゃんとそろう」と教授は自信ありげだったという。確かに、どうしても2人たりないところ、試合を見学していた中国人の女子留学生でルールをまったく知らないシャオさん、グラウンド近くで自転車を止めて休んでいた「えーちゃん」と名乗る男性に声をかけるとあっさり出場を承諾され、無事に試合は始まる。シャオさんは北京五輪の野球競技を身に連れていかれた小学生の時、日本人のおっちゃんが客席で「オリコンダレエ」と謎の言葉を叫ぶだみ声にカルチャーショックを受け、日本の野球を研究するため来日したのだという…。

 今まで6冊ほど読んでいますが、間違いなく最高傑作は本書。

 彼女にフラれて気落ちしている無気力な大学生が巻き込まれた、他愛もない大人の草野球。その何ということもないのどかな描写を読んでいるはずが、少しずつ、少しずつ、ある重い歴史を内に含んだ時空を超える物語の中へと引き込まれていきます。その描写の、読者の感覚と遊離しないリアルさは見事の一言に尽きます。

 感動を思いきり書ききりたいところ、ぜひ実際に読んでいただきたいので、肝心のところは書けませんが、お勧めです。ずっしりとした重みのある手ごたえを内に秘めながら、軽やかな書きぶりで爽やかな感動を与えてくれる。これまで5回の候補作よりも、この作品こそが直木賞にはふさわしかったのだろうと思います。

 それにしても、京都、大阪、奈良、滋賀と長編の舞台は移っているので、和歌山でもぜひ一作お願いしたいところ。熊野詣なんて最高の設定と思いますが…。(里)