以前に「鞘」記者が朝井リョウ氏の担当作品を紹介していた、8人の作家が参加する壮大な架空の歴史絵巻「螺旋プロジェクト」。発案者の伊坂幸太郎氏による一作をご紹介します。時代は、表題作はバブルの昭和末期~平成、同時収録のスピンオフ作品は近未来(2050年代)。

 物語 昭和末期の日本。製薬会社に勤める北山直人は、妻の宮子と母のセツの不仲に頭を痛めていた。実は宮子は凄腕の元情報員。人のいい夫に心底惚れており、前職から完全に足を洗い幸せを守りたいと思っている。一般人の心を読んでうまくやることなど簡単なはずなのに、どうもセツとはうまくいかない。ある時「人間には海族と山族があり、その両者は絶対に相容れない」という奇妙な話を耳にした宮子。どうやら、姑のセツとの関係がそれらしい。その後亡き舅の最期の様子を知ってセツに疑惑の目を向け、前職で培った人脈をフルに生かして真相を探るが…。(「シーソーモンスター」)

 時代は西暦2050年。人々はデジタル社会のデメリットを痛感したのち、アナログに回帰しつつあった。通信は手書きのものを人間が人間に直接届けるのが一番安全ということで、「配達人」という職業が成立する。配達人の水戸は新幹線の車内で、偶然出会った男性から1通の手紙の配達を依頼された。「人気バンドのメンバーが亡くなったら、ある場所で会おう」と約束した相手がいる。メンバーが亡くなったが、その場所に行けそうにないので手紙を渡してほしい。そう頼んだ直後、男性は疾走する列車から飛び下りて死んだ。

 水戸は相手の男を探し、手紙を渡す。書かれていたのは「君のいう通りだった。オッベルと象」。その瞬間から、水戸と男は「人工知能」が司る巨大な権力機構からの理不尽な逃避行を余儀なくされることになる…。(「スピンモンスター」)

 表題作はいかにも著者らしい、私好みのハッピーな現代の寓話。敏腕なようで抜けてる、女情報員の宮子がいい味出してます。
 問題は、スピンオフ作品と見せかけて本当はこっちがメインと思われる「スピンモンスター」。同じ著者の「モダンタイムス」を思わせる、社会システム自体が巨大な敵となる物語です。

 その中で提示される、「対立は、新たなものを生み出す」という概念がポイント。国と国との紛争はどこまでも不毛で悲惨なものであり、そのような建設的な「対立」には当たらないと思うのですが、人と人との対立は、やがては状況を打破する突破口となり、和解や融和を経て新たな世界の構築につながっていけばいいと思いました。この著者の作品には、それを契機として現代社会のあり方に思いを及ばせる力があります。結末は苦いものを含み、爽やかな読後感の表題作とは対照的。その2作品の構造自体が「螺旋」という概念を体現するようにも思えました。(里)