幼い頃から絵本は好きで家にたくさんあったが、字のまったくない、文字通りの「絵本」はそうそうなかった。福音館書店の「旅の絵本」「旅の絵本Ⅱ」の2冊だけで、著者は先日他界が報じられた安野光雅さん◆「旅の絵本」は一つも言葉がないのに、読み終わるまでには時間がかかる。見開きいっぱいの風景にちょっとした仕掛けがある。馬に乗った旅人がどのページにもいるが、それだけではなく、ページをめくり次の景色が現れても、前と同じ箇所にキーポイントの鳥や動物が残っていたりする◆名画や物語の一場面がさりげなく紛れ込んでいるのもお楽しみ。畑の隅に大きなカブを引っ張る老夫婦や犬や猫がいたり、木の下で本を読む姉妹がいる。よく見るとそばに時計を気にするウサギがいるので不思議の国のアリスだと分かる。ミレーの「落穂拾い」や「晩鐘」をそっくり再現した人々もそこここに小さく描かれる。挙げていくときりがない◆訃報を聞いて絵本を探し、当時読んでいなかった「あとがき」を読んだ。「迷いながら、はるばる旅をしました。あまり困ったときなどは、旅に出たことを後悔するほどでありました。しかし、人間は迷ったとき必ず何かを見つけることができるものです。私は見聞を広めるためではなく、迷うために旅に出たのでした」◆風景を隅々まで眺めると、最初に一見した時とは違う世界がだんだん見えてくる。「旅の絵本」のその楽しみは、道に迷った時にも通じるのだろうか。迷った時、人は何度も何度も周囲を見直しては、正しい方向を探す。40年以上前の安野さんのこの言葉は、正解の見えない不安の中で新しい生活様式を手探りする我々に、何か希望を与えてくれるようだ。「迷ったとき必ず何かを見つけることができる」。(里)