つらく、悲しかったこと。あすを楽しく生きるために忘れていいことと、逆に決して忘れてはならないことがある。津波に関しては後者で、絶対に風化させてはならない。美浜町の東日本大震災体験者による特別講演で、講師を務めた元陸前高田市立気仙小学校校長の菅野祥一郎さんは、そう強調していた。

 東日本大震災から、もうすぐ8年。「台風のように毎年こない」地震、津波は、甚大な被害を受けた地域でも風化が始まっているようだが、「津波注意報が出ていても、平気で海岸を走る車がある」との言葉には少し驚かされた。被災直後、大事にしていたガソリンについても「いまではエンジンをつけたままコンビニに駐車している」と指摘。人々の防災意識の低下に強く警鐘を鳴らしていた。

 東日本大震災の2011年以前。1896年の明治三陸地震、1933年の昭和三陸地震、60年のチリ地震と、ここ100年余りの間にたびたび津波でたくさんの犠牲者が出た。それでも数十年経過すれば、つらく、悲しかった出来事も徐々に忘れられていき、被害を拡大させてしまう一因になっている。「津波は忘れた頃にやってくる」。これを覚えていれば、助かった命があったかもしれない。

 講演の最後に「(つらく、悲しかった体験を)忘れていくおかげで、きょうを楽しむことができるという人もいる。大事なことは、このような天災を忘れないで、きょうを楽しむこと」と訴えた菅野さん。日高地方では近い将来、大地震と津波の発生が予想されており、菅野さんの講演とともに、大地震直後に感じた津波の恐ろしさ、それに日ごろの備えや心構えを決して忘れないようにしなければならない。(賀)