湯浅町出身で日高地方にもゆかりが深い京都府立医科大大学院の酒井敏行教授(60)=京都市=がJT医薬総合研究所との共同研究で開発した抗がん剤(がん分子標的薬)が、日本発のがん分子標的薬として初めてアメリカで承認された。適応症は皮膚がんの中でも最も治療法に乏しく悪性度が高い悪性黒色腫(メラノーマ)で、併用すれば従来の分子標的薬の約15倍、8割近くもの患者に効果が確認されており、「夢の抗がん剤」として大きな注目を集めている。
 がん分子標的薬とは、がん細胞に特異的な原因分子を標的とし、正常細胞をほとんど傷つけることなくがん細胞のみを効率よく攻撃する薬。白血球減少等の副作用も少なく、現在、世界中で研究・開発が進んでおり、抗がん剤の主流になりつつある。
 今回、酒井教授とJTが発見したのは、細胞増殖シグナル伝達経路に存在するリン酸化酵素MEKの働きを遮断することにより、がん細胞の増殖を抑制するMEK阻害剤。一般名を「トラメチニブ」という。
 酒井教授は平成9年ごろ、独自に考案した新薬選出の方法(スクリーニング系)をJT医薬総合研究所に提案、12年ごろから本格的に研究がスタートした。有効な新薬を発見後、前臨床試験段階の18年4月にJTがイギリスのグラクソ・スミスクライン(GSK)社に独占的開発・商業化権を許可。昨年8月、GSK社がアメリカの食品医薬品局(FDA)に対して、転移性メラノーマを適応症として新薬承認を申請し、ことし5月29日、認可された。アメリカでは経口剤「メキニスト」という商品名で使用されており、今後、ヨーロッパでの承認、日本でも早期の申請、承認が待たれている。
 ほくろががん化するメラノーマは、早期に診断されればおおむね治癒するが、転移すればあらゆるがんの中でも最も手ごわいといわれる病気。白色人種が多い欧米、とくにオーストラリアに患者が多いが、黄色人種の日本人には少ない。
 従来の抗がん剤はがんが転移した患者には5%程度しか効果がなかったが、酒井教授らが発見したMEK阻害剤トラメチニブとBRAF阻害剤を併用することにより、76%という驚異的な効果が確認された。現在、肺がんやすい臓がん、大腸がん、卵巣がん、白血病などについて世界中で臨床試験が行われており、今後、他の臓器のがんにも有効な薬として承認される可能性が高い。
 世界で最も権威ある学術誌「ネイチャー」はことしの新年号で、「がん研究ではトラメチニブがことし、FDAの認可を受けるかもしれないことが唯一の注目すべきニュースだ」という記事を掲載。ニューヨークタイムズなど欧米の主要メディアも大々的に報道している。また、通常、8年以上はかかる臨床試験を3年で終え、申請から認可まで2年はかかるところをわずか10カ月でクリアしたのも記録的な早さで、薬の効果の高さを裏付ける話題となっている。
 酒井教授は「私は大学(京都府立医科大)に入ったときからあらゆるがんに効く薬の開発を目指してきました。今回はたまたまメラノーマの薬ということになりましたが、いろんながんに共通する一般的な発がん経路(MEK)をたたくことから、今後、多くのがんに効くまさに夢のような薬になりうる可能性もあります。一日も早く日本でも申請、承認され、さらに、いろんながんに使われるようになることを期待しています」と話している。