「目指すものは深く深く、井戸より深く突っ込んで、その深さはあんたらには分からねぇんだよ。そんな仕事がしたい」。長い天ぷらの歴史に革命を起こしたといわれる、東京下町、「みかわ」の天ぷら職人早乙女哲哉さん(66)がいう。「生以上に素材の味を引き出す」といわれるその技は、日本料理の同業者も「絶対真似できない」と舌を巻く。
 作り手は日々、試行錯誤を繰り返し、独自の味と技を追求する。どんな料理の世界も同じだろうが、じつはまったく同じことが記者にもいえる。人から話を聞き、その話を読者に伝える。シンプルといえばシンプルすぎる仕事の中で、新鮮な素材(ネタ)のうまみを損なうことなく、読者に提供しようという気持ちがなければ、自身も新聞も成長しない。
 取材相手はうなぎのようにつかみどころがなかったり、イセエビのようにまな板の上でジタバタすることもあるが、いかに素早く適温でおいしく揚げるか。政治、経済、スポーツ、文化、事件事故...「どんなネタも素早く、読者が分かるように書く」のは、記者として最低限の仕事である。
 目指すはさらに深く。素材が持つうまみを損なわず、最大限に引き出す。たとえば、美浜町の松林の中にある謎の井戸、キャンプ場駐車場に出没した女の子の人形を抱いて歩くおっさんなど、これらも書き方によっては「怖い」「キモイ」という素材の味を殺してしまう。相手の微妙にずれた感覚に気づき、素早くツッコミを入れて笑いにかえるのが一流の芸人であるなら、記者も日常の中の何気ない出来事に隠れた素材を見つけ、世に出す力がなければならない。
 さて、あしたは珍しいネタが見つかるか。カリッとおいしく揚げていきたい。   (静)