きょう10月4日は「中秋の名月」。お月見をする日だ。ことしは例年より遅く、10月にずれ込むのは8年ぶりという◆徳本上人と親交のあった俳人小林一茶は「名月をとってくれろと泣く子かな」、俳聖松尾芭蕉は「名月や池をめぐりて夜もすがら」と、俳句や和歌にもよく詠まれる名月。藤子不二雄の漫画で「名月やコンパス使えばよく書ける」という迷句があったが、ことしの名月はコンパスでは書けない。実際の満月より2日早く、左側がやや欠けるという◆旧暦の行事なのだから実際の満月と一致するとは限らない。たまにはそんな年もあるだろう、と思ったのだが、実は一致する方が少ないらしい。太陽と月の位置関係の変化で、仕方がないのだとか。かといって「ことしの満月は暦の上での『中秋の名月』より2日後の×日なのだから、お月見は×日にしよう」などとどこかから言い出されることもなく、少しばかり満月に足りない月でもみんな何の不足もなく眺めては楽しんでいる。してみると、視覚的に完全な円である満月を「名月」として愛でるのではなく、古来の風習を現代の暮らしの中でも尊んで受け継ぎ、ススキや萩、団子を供えて家族らと季節感を味わうことそのものが楽しいのだろう。ちなみに、ススキは稲穂に似ているところから豊作を祈って供え、日高町の町花でもある萩は「神様の箸」という意味があるそうだ。神様が箸を使って団子を食べるということだろうか◆「名月」が満月ではないと知ると、完全無欠なものばかり尊ばれることはないという気がして、完全とは程遠い身としては何かほっとする。標準を遥かに上回る体重をなんとかしようと目下糖質制限ダイエット中だが、この夜は解禁して月見団子を味わおうと思っている。    (里)