毎週日曜付2面連載の中西忠さん(由良町)の随筆「ここに泉はなかった?」。しばらく休載していたが、14日付からほぼ1カ月ぶりに再開される。中西さん宅に原稿をいただきに行くたび、連想していたことがある。200年近く前のある作家と、彼を支えた1人の女性だ

 「南総里見八犬伝」の著者滝沢馬琴は、全106冊のこの超大作を28年かけて仕上げた。完成は75歳。70代で視力を失った時には「未完に終わる」と嘆いたが、息子の嫁お路が口述筆記を申し出た。字を知らないお路に目の見えない馬琴が漢字を教えながら執筆。大変な苦心の末、物語は無事に大団円を迎えた。不思議なことに、完結の頃には版元が「先生の筆ですか」と聞くほどお路の文字は馬琴に似ていたという。
 中西さんは目が不自由なため大きな字で内容をメモし、夫人の道子さんが代筆する。訪問すると、道子さんは言葉少なく優しい笑顔でお茶を入れてくださる。話題の豊富な中西さんは新聞の隅々まで内容を把握し、読書も名作文学から話題の新刊まで幅広いが、近年は新聞も長編小説もすべて道子さんが朗読して聞かせていると知り、頭が下がる思いがした。
 3月からご夫婦ともインフルエンザに。中西さんは早く快復されたが、道子さんの症状が長引き再開できなかった。中西さんのメモを解読できるのは道子さんをおいて他にいないのだ。そして先日、道子さんも快復されたとの知らせを嬉しくきいた。
 奇しくも名前も似ている道子さんとお路。随筆は「八犬伝」のような奇想天外の物語ではないが、時代を証言する貴重な回顧録。ご夫婦二人三脚の執筆に感謝しつつ、半世紀にわたる御坊日高の音楽物語再開を喜んでいる。(里)