ミステリー作家だとばかり思っていたら、意想外に幅広い引き出しを持っておられたと最近知った作家の短編集をご紹介します。

 物語 収録作品は、「麝香連理草(じゃこうれんりそう)」「誕生日 アニヴェルセール」「くしゅん」「白い本」「大ぼけ 小ぼけ」「道」「指」「開く」「岡本さん」「ほたるぶくろ」「機知の戦い」「黒い手帳」「白い蛇、赤い鳥」「高み」「ヴェネツィア便り」の15編。

 「もし、あなたがこれを読む時、ヴェネツィアがもうないなら、これは、水の底から届いた手紙ということになります」「ヴェネツィアは、今、輝く波に囲まれ、わたしの目の前にあります。沈んではいません」―― 30年の時を超える、「わたし」と若い「あなた」の往復書簡。なぜ手紙は書かれたのか、それはどんな意味を持つのか…。(「ヴェネツィア便り」)

 ある夜、主人公の男の家を、年老いたかつての担任教師が訪ねてくる。生徒に厳しく不人気だった彼は、なかなか帰ろうとせず、どうでもいいことを話し続ける。主人公は、先日開かれた同窓会で彼の句集が配られたことを思い出す。「蚊柱」というタイトルの立派な装丁の本だった。読んではいないが、その本のことを口にしてほめてみる。すると「どこがよかったか、読後感はどうか」と執拗に尋ねてくる。実は主人公の知らないうちに、妻がその句集を古本屋に売り払っていたのだが…。(「黒い手帳」)

 雰囲気のある表紙に魅かれ、目次を見てバラエティに富んだタイトルに、一体どんな物語が収まっているのかと買ってみました。

 冒頭の「麝香連理草」はわずか2㌻、ホラーめいた印象を残す鮮やかな1編でした。表題はスイートピーのことです。他にもホラーあり、ミステリーあり、ファンタジーあり、ほのぼの系ありと、そう厚くはない一冊の中に実に豊かな世界が展開されます。

 「時間」がテーマになっていますが、登場人物の時間へのアプローチの仕方はそれぞれに異なります。 (里)

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