6月のテーマは「梅干し」。今週は、スタイリッシュな都会的短編などで80年代以降に人気を博した片岡義男の小説です。

 「幸せは白いTシャツ」(片岡義男著、角川文庫)

 オートバイで一人旅をする20歳の女性が主人公。冒頭で、雨宿りをした家の高齢女性にお茶と自家製梅干しをごちそうになる場面があります。この著者は、食に関するどんな場面もそうですが、非常に丁寧に、臨場感を伴って描写します。

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 彼女は、梅干しを見た。年季をつんだ人がつくった上出来の梅干しだということは、彼女にもわかった。色がなんとも言えずに微妙だし、大粒の梅の皺のよりぐあいが、見る人の気持をそそった。紫蘇の葉が、いくつもの梅干しに魅力的にからまっていた。(略)唇を閉じ、口腔のなかに梅干しをゆっくり閉じ込めると、絶妙の味が口のなかぜんたいに広がった。(略)塩からいといやだな、と思っていた。だが、からさはほとんど感じなかった。よく干して陽ざしをたっぷり吸いこんだ梅の実は、塩と紫蘇の葉とによって、まろやかで深みのある酸味に満ちた、不思議なプリザーヴへと完璧な変身をとげていた。なつかしいほのかな甘味すら、彼女は感じた。紫蘇の葉の香りが、素晴らしかった。 

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