「人は人として逃げられない」。先日、印南町で防災講演を行った東京大学大学院の片田敏孝教授の言葉である。言葉だけを聞くと、どういうことなのかイメージしにくいが、続けて東日本大震災での実例が紹介され、理解できた。若い消防団員がいち早く高台に避難したが、避難していなかったおじいちゃんを助けに行って命を落とした。ある母親は姿が見えない子どもを探しに戻り、二度と戻ってくることはなかった。片田教授の「この方々は防災意識が低かったのでしょうか」との問いかけが胸に刺さった。そうではない。大切な人のことを思うのは自然なこと。冒頭の言葉の意味である。

 地震が発生して津波の危険性があれば逃げないといけないことは誰もが分かっている。それでも逃げないのには理由がある。大きな津波はこないだろうと思って逃げない人のことはここでは置いておくとして、大切な人のことが心配で心配でたまらない、自分だけが助かるなんてできない、その気持ちは痛いほど分かるし、実際命を落としている人がたくさんいるのが現実。防災とは人の心の問題であり、家族の絆の問題であることがよく分かった。

 講演の最後に、田辺市の小学校で行った防災授業の延長で、子どもたちが自宅でお父さんお母さんに「私は避難するから助けに来ないで」と防災について話し合うドキュメントが放映された。そう言った子どもも、言葉を聞いた両親も涙を流していた。言葉にするのも勇気のいる、頭でわかっていても行動できるか分からない。しかし、これが津波避難の原点。自分が逃げないと家族が助けに来てしまう、自分が逃げればみんな安心して逃げられる。自分だけの命ではないのだ。(片)