
物語の舞台は滋賀県大津市。突如「パンをくわえて登校する」という行動から始まる主人公の学生成瀬あかりの姿を、まずは周囲の人物の視点から描き出していく。リズミカルな文体は、彼女たちの日常と葛藤を生き生きと浮かびあがらせる。
完璧で自分の意思を貫く主人公成瀬に対し、語り手たちはそれぞれの思いを重ねていく。成瀬の行動は時に奇行に見え、語り手たちは憧れと戸惑い、そして誇らしさと気まずさを感じ、相反する感情のリアルな葛藤が描かれている。読み手が成瀬たちのような学生の目線なら新鮮な感覚が生まれ、大人であれば過去に味わった自意識と他者意識の間で揺れた青い記憶がよみがえる。そして物語の背景には時代の流れの中で静かに姿を消していく老舗デパートがあり、その変化とともに登場人物たちの心情も揺れ動いていく。変わりゆく町の景色と、地元への変わらない思いを抱く成瀬の姿も印象的だ。
そして語り手たちには完璧すぎて変だと思われていた成瀬自身の内面も描かれていく。彼女の人間性がより立体的に見えてくるが、この場面はぜひ実際に本を手に取って味わっていただきたい。そして前半で描かれた断片は一つに収束し、物語は締めくくられる。
著者の宮島未奈は1983年生まれ。私と近い年代であり、物語の端々に示される視点は「わかる、わかる」とうなずきたくなるような懐かしさを感じさせてくれた。人目を気にせず自分の信じる道を貫く成瀬の姿からは、懐かしさの中に「あの頃の自分にもう少しの勇気があったなら…」という少しの後悔、そして今からでも遅くはない、ひたむきな勇気をもらえる。(灯)


